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子供坐禅会 般若心経シリーズ その41 是大明呪

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)と臨済宗青年僧の会で開催しているオンライン坐禅会(子供坐禅会)を同時開催で私が話した内容をまとめたものです。

※東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)についてはこちらをご覧ください。
※臨済宗青年僧の会 オンライン坐禅会についてはこちらをご覧ください。




ある言葉に救われたことがあります。

4人で会議をしているときに、とっても失礼な発言をされと時のことです。

3人が思わず引いてしまうくらいの言葉でした。

私は、あまりに失礼な発言だったので、対抗して文句を言ってやろうと考えました。相手の言っていることはただの悪口でしたし、反論すれば相手を言い負かすこともできると思っていると・・・

その姿を見た方が私に

「相手と同じ土俵に立ってはいけないよ」

と止めてくれたのです。その言葉を聞いて「私は、悪口を言う人と同じことをしようよしていたのかもしれない」と気がついてハッとしました。



冷静になって考えてみると、とても失礼な発言をした人の心は“道を見失って、暗闇をさまようような辛い状態”だったのです。


その人が道を見失って暗闇をさまよっているからといって、自分も一緒に暗闇に落ちる必要はない。あなたはその人を照らす光とならなくてはいけないと教えてくれたのです。




600法話用 般若心経に学ぶ 掲示用パワーポイント 2022冬休み4

人は簡単に道を見失います。


この写真は何を撮影したものか分かりますか?


実は、道です。



東光寺には観音山という頂上に観音様が祀られている小さな山があります。

しかし、日当たりの良い場所はしばらく放置をすると・・・・

この通り。雑草が生い茂って道が見えなくなってしまいます。


でも道が無くなったわけではありません。

道が見えないだけなのです。




このように道を見失った状態を、仏教では「無明【むみょう】」と呼びます。





600法話用 般若心経に学ぶ 掲示用パワーポイント 2022冬休み5


見えなくなった道ですが、草を刈れば道は見えてきます。






私達の迷い苦しむ心も同じです。



無明という暗闇の中にも光は差し込みます。



真実に気づかずに悩み苦しむ「無明」を照らしてくれる光は何でしょう。



600法話用 般若心経に学ぶ 掲示用パワーポイント 2022冬休み6



仏教聖典という書物に


「無明とは無知のことで、 ものの道理をわきまえないことである。」


と、書いてあります。さらに


正しい智慧のない状態をいう。迷いの根本である無知を指す。煩悩を煩悩たらしめる原動力のようなものととらえられている。


とも書いてあります。



草だらけのこの状態、つまり すぐそこにあるコンクリートの道が見えない状態が「無明」と言います。


そこにあるものを見つけることができず、自分が進むべき道を見失ってしまっているのです。


コンクリートがあると認識できれば その道の周辺にある草を刈っていくことができます。


しかしコンクリートがあることに気がついていないとすれば、そこから動くことができません。


これを仏教の話にすると、


生まれたときから誰しもが仏様のような尊い心をもっていることを知らない、否定することなのです。





般若心経というお経の中に


是大明呪【ぜいだいみょうしゅ】


という言葉があります。般若心経というお経の素晴らしさを伝える言葉であり、


 般若心経の教えは不動明王が闇を照らすような私達を照らす光明である。


と受け取ることができます。




600法話用 般若心経に学ぶ 掲示用パワーポイント 2022冬休み7



般若心経の教えを実践することが、自分の心を照らすことになる。とも言うことができます。


草だらけの道の草を刈れば道を見つけて歩き出すことができる。


心が暗闇になったとき、そこを照らす光が必要です。


その光はどこにあるのか、もちろん誰かに照らしてもらうこともあります。


しかし、自分自身で照らすことができる、それも とっても強い光で照らすことができると般若心経は是大明呪【ぜいだいみょうしゅ】という言葉で教えてくれています。




般若心経の実践の1つが、やはり坐禅です。


生まれたときから持っている素晴らしい心を見つめ直して調えていく実践が坐禅です。


身体を調え、呼吸を調えることで、心が調っていくことを実感するのが坐禅です。



さぁ、一緒に身体を調え、呼吸を調え、心を調えましょう。

子供坐禅会 般若心経シリーズ その40 是大神呪

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)と臨済宗青年僧の会で開催しているオンライン坐禅会(子供坐禅会)を同時開催で私が話した内容をまとめたものです。

※東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)についてはこちらをご覧ください。
※臨済宗青年僧の会 オンライン坐禅会についてはこちらをご覧ください。





600是大神呪2




私は子供の頃に友達とケンカをしたことがあります。

職員室で先生に「お互い謝れ」と言われて、お互いに「ごめんなさい。」と口に出しました。

しかし、それでケンカが終わるほど子供の世界は単純ではありません。

終わったと思って気持ちが落ち着いたのは指導した先生の気持ちだけです。

お互いに、お互いを嫌いになっているので長い間ケンカをしました。





1年が経ったある日、ケンカをしていた相手のおばあちゃんが亡くなりました。

私は家族と一緒にお参りに行きました。

お参りが終わると彼は玄関先で「ありがとう」と私に言ったのです。とても心のこもった“ありがとう”だと感じました。

しかし、少し照れくさかったので、この時は何も言わずに帰りました。

数日後に彼が学校で「今までごめんな」と声をかけました。

他人から見たら職員室での謝罪よりも軽く感じるかもしれない彼の言葉でしたが、心がこもっていました。 だからこそ、私も自然と「こっちもごめんな」と心の声が漏れたように感じます。




心をこめた言葉に力があります。


般若心経というお経の中に


是大神呪 【ぜだいじんしゅ】


という言葉が出てきます。




神呪という漢字を見ると「神の呪い!!?」と思うかもしれませんが。

しかし、そうではありません。


神聖で、霊力のある仏の真の言葉という意味です。



つまり、


「般若心経の言葉は、私たちを真実の世界に導いてくれる。般若心経の教えを信じ切って真言をお唱えすれば大きな功徳を得ることができる。」

ということを教えてくれる言葉です。




心を込めた言葉が相手を動かすように、心を込めてお唱えした般若心経は自分も、そして周囲の人にも必ず届くことを般若心経では是大神呪 【ぜだいじんしゅ】と表現しているのです。



では、どうしたら心を込めることができるのでしょうか。

その方法は1つではありません。

その中の1つが心を調えることです。


きれいに手入れがされている畑から素晴らしい作物ができ、しっかりと整った工場で作られる製品の品質が向上するように、
調った心から発せられる言葉に心がこもらないはずがありません。


 

生まれたときから持っている素晴らしい心を見つめ直し、調えていく実践が坐禅です。


身体を調え、呼吸を調えることで、心が調っていくことを実感するのが坐禅です。


さぁ、一緒に身体を調え、呼吸を調え、心を調えましょう。


600法話用 般若心経に学ぶ 是大神呪

インスタで学ぶ、後悔しないお葬式⑨ 引導法語「喝」

お葬式で「喝」を入れられる!? 喝!に込められた想いとは?


【インスタで学ぶ、後悔しないお葬式⑨】

臨済宗のお葬式に参列したときに「かぁぁぁぁつ!!!(喝)」という大きな声を聞いたことがありませんか?
ただ、気合を入れているわけではありません。
され、あの大きな声にはどんな意味があるのでしょうか。




※ここで紹介している内容は東光寺(臨済宗妙心寺派)で行っているお葬式についてのお話です。宗派や地域によって違いがあることを御了承ください。


毎週土曜曜日にインスタ(Instagram・インスタグラム)を更新し、その内容をブログにも掲載しています。



Instagram(インスタ・インスタグラム)はこちらです
※これまでの記事はこちらです。




600インスタ用 お葬式9 引導法語2 喝1


600インスタ用 お葬式9 引導法語2 喝2
600インスタ用 お葬式9 引導法語2 喝3
600インスタ用 お葬式9 引導法語2 喝4
600インスタ用 お葬式9 引導法語2 喝5
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臨済宗のお葬式では「喝!」と叫ぶ場面があるそうですが、これは亡くなった人に気合を入れる感じで「喝を入れ」てるんですか?



なるほど!トンチンカンなことを言っているわけではないし、核心に触れている訳でもない・・・
なんとも言えない表現だね。



照れるね



喝って何かは分かる?



気合



驚き!!!

これまた、何とも言えない・・・・
喝とは言葉では表現しきれない禅の教えを短く表現したもので、煩悩が消え去った涅槃へと人を導くものなんだよ。



ほーーー
では、「喝」に禅の教えがすべて詰まっていると言ってもいいの???



その通り!
修行をしている人達は禅問答をして悟りの境地へ進むけど、その中にも喝があるよ。
師匠が弟子に対して喝をすることで、弟子が悟るんだよね。



ふ~ん。そもそも「喝をする」というのは「喝!と叫ぶ」と同じことなの?



そうなんだよ!



ってことは、「喝!」と叫ばれて悟ることがある、ということか?



その通りなんです。だからこそ、お葬式の中で亡くなった方に悟って成仏して欲しいと願って「喝!」と叫ぶのです。



そういう意味があったんだね!!!



だから、お葬式で「喝!」って聞こえたら、「あ~、これで亡くなった方が悟ったんだ、成仏したんだ。」と安心してもらえたら嬉しいですね。



そうだね~

海苔とビル おせんべいと満月 そして 仏と自分

おせんべいが月とビルに見えることがあるそうです。





絵文字は日本発祥の文化だと教えていただきました。

そして同時に、この絵文字が見る人によって違うものに見えると教えていただきました。


絵文字 せんべい



これは「せんべい」の絵文字です。

海苔がついた醤油せんべいです。

しかし、せんべいを知らない海外の方がこの絵文字を見ると「ビルの奥にある満月」に見えるそうです。



私達は目の前にあるものを「そのまま見る」ということをしていません。

これまでの生活で身につけた知識というフィルターを通して、物事を見ています。

ですから、せんべいを知っている人にはせんべいに見える絵文字が、せんべいは知らないけど満月やビルを知っている人には、まったく違うものに見えてしまうのです。

「海苔とせんべい」が「ビルと満月」と勘違いされることは好ましいことではありません。




「そのままに見る」ということができないがために、本当は海苔なのにビルだと勘違いし、本当はせんべいなのに満月と勘違いしている姿は、白隠禅師坐禅和讃の



衆生の他に仏なし

衆生近きを知らずして

遠く求むるはかなさよ





という部分に似ているように感じます。




私達以外に仏はありません

私達自身が仏なのに

遠くに仏を探すのはもったいないことです





自分が仏なのに、自分が仏だと気づかずに、遠くに仏を探しに行ってしまうものです。

せんべいを知っていれば絵文字のせんべいがせんべいに見えます。

同じように、自分が仏だと知れば、どんな自分も仏に見えてきます。




「自分が仏だと知る」は知識の問題ではありません。


心の底から実感することです。


実感する方法は様々ですが、禅宗では坐禅を大切にしています。




坐禅は身体を調え、呼吸を調え、心を調える修行です。

姿勢を意識し、ゆったりと呼吸をすることで、自分の心を見つめていく。

すると、自分の心こそ仏の心と知ることができます。




そのことを、白隠禅師という僧侶は



衆生近きを知らずして

遠く求むるはかなさよ




と教えてくれています。


坐禅をするときや、白隠禅師坐禅和讃をお唱えするとき、そしておせんべいを食べるときに思い出していただければ嬉しいです。

消し炭の運び方に学ぶ 「苦」との向き合い方

600消し炭の運び方202301



燃やした竹に水をかけた消し炭(けしずみ:)がカゴいっぱいに入っていいます。


このカゴを移動させたい。と思ったら持ち上げるしかありません。


皆さんならどうやって持ち上げますか。



私は服が汚れることを嫌い、カゴが体につかないように手を伸ばして持ち上げて腕と腰を痛めました。


そこで、汚れても良い服に着替えてお腹や足にカゴを密着させて持ち上げてみました。


その結果、体を痛めずに持ち上げることができます。




触れば確実に手や服を汚す消し炭は「苦」と似ているように感じます。

そう考えると、カゴの持ち上げ方と「苦」との向き合い方は同じものかもしれません。

自分が汚れることを嫌って「苦」から中途半端な距離をとって付き合おうとすると、結局自分自身を傷つけることになります。

それよりも「苦」と密着する方が、結果として自分を傷つけずに済むものです。

もちろん、ただ密着すればよいわけではありません。

「苦」との密着の仕方も間違ってはいけません・・・




カゴいっぱいの消し炭を運びながら、そんなことを考えていました・・・・
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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