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昔話に学ぶ 分福茶釜 その10 供養せずにはいられない

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)と臨済宗青年僧の会で開催しているオンライン坐禅会(子供坐禅会)を同時開催で私が話した内容をまとめたものです。

※東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)についてはこちらをご覧ください。
※臨済宗青年僧の会 オンライン坐禅会についてはこちらをご覧ください。




昔話に学ぶ 分福茶釜 その10 供養せずにはいられない



600【昔話】77分福茶釜





分福茶釜シリーズその10です。


分福茶釜の物語を紹介するのも10回目となります。

これまでの流れをおさらいしすると

・タヌキが襲われ、茶釜に化ける
・タヌキは襲われたことが、あまりに怖くて茶釜から元の姿に戻れなくなる
・茶釜の形のタヌキはある日お寺のお経に購入される
・しかし、茶釜がしゃべったり、動くので和尚は気味悪がって茶釜をくず屋さんにあげてしまう。
・くず屋さんは分福茶釜を受け入れて大成功
・くず屋さんは儲けたお金で分福茶釜を元の姿に戻そうと必死になる。
・分福茶釜はくず屋に感謝をするものの、体調をくずす。
・くず屋は分福茶釜を必死に看病し、分福茶釜も幸せを感じる
・くず屋が看病するが分福茶釜は死んでしまう。

このようになっています。



さて、突然ですが・・・

分福茶釜ではなく、私の話をさせてください。


私は小さい頃に学校で飼っている動物が亡くなるとお経を読まされました。


私がお寺で生活をしているから。


私の祖父や父親が僧侶だからです。


子供の世界と言うのは理不尽です。


親の仕事、生き方が、そのまま子供に投影されるのです。


「お前の親は政治家なんだから、お前が生徒会長だ」


と言う人がいたら変ですよね。



「お前の家は美容院なんだから、頭髪検査で引っかかったらお前が俺の髪の毛を切れ!」


と言う人も変ですよね。意味が分かりません。



「お前の親はスーパーで働いているんだから、調理実習の材料はお前が持ってこい!」


なんて言ったら、恐喝・強要で、犯罪です。




でも、教室の生き物が死んでしまったとき、僧侶の息子にお経を読ませることに多くの人は抵抗がないようです。


当時の担任の先生も止めることはしませんでした。


不思議な話です。


幼いころの私は


「こんなことが許されるなら、犯罪者の子供は何もしていなくても犯罪者になってしまう。」


と嫌な気持ちになりました。


嫌でしたが、今は同級生を恨んではいません。



それは大人になってみると、理不尽ではありますが同級生達に「供養せずにはいられない」という人間の本質があったように思うからです。


お寺にいると「お葬式」の変化を感じることがあります。


ここ(静岡市)は駅前に行くと大きな建物やお店があって都会的な部分もありますが、少し駅から離れると昔ながらの習慣が色濃く残っている場所も多くあります。


私も、これまでに様々なお葬式でお参りをさせていただいてきました。


「簡単にやってくれ」と故人が言っていましたので身内だけで、できるだけ簡単にお葬式をしてください。


と言われることもありますし、昔からの習慣を大切にしながらお葬式をされる方もいます。


どっちが正しいと言うつもりはありません。


ただ、お葬式の習慣は大切な方を失ったとき、どうしたら精一杯の供養ができるかを、その時代の中で必死に考えて作られてきたものだということは間違いありません。


お葬式について詳しく話をすると長くなるので、今回は省略をしますが


今でもお葬式をするたびに、尊い習慣や教えを大切にして 亡くなった人のために精一杯供養をしたいという気持ちを感じます。


その心が誰にでもあることを昔話が伝えてくれているように感じます。




昔話、分福茶釜はタヌキが亡くなって終わりではありません。


続きがあります。


嘆き悲しんだくず屋は茶釜をお寺に納めて供養をしてもらうことにしたのです。


最初は気味悪がって茶釜を捨てた和尚さんも、くず屋の話しを聞いて茶釜を大切にお祀りしてくれたそうです。


ここまで、昔話の中で描かれているのは、人には「供養をしなくちゃいけない」ではなく、「供養せずにいられない」という心があることを教えてくれているように感じます。


クラスで大切に飼っていた生き物が亡くなれば、手を合わせたくなる。手を合わせただけでなく、理不尽なお願いをしてでも丁寧に供養をしたくなります。


もちろん、供養の形は様々です。どの方法が正しくて、どの方法が間違っているということはありません。


しかし、私達にはそういった心があり、どんなに時代が変わっても、その心を大切にしていかなくてはいけないと、分福茶釜という昔話は教えてくれています。



600仏教豆知識シール 420-431 昔話シリーズ 分福茶釜10
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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