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昔話に学ぶ 分福茶釜 その9 大切だから涙が出る

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)と臨済宗青年僧の会で開催しているオンライン坐禅会(子供坐禅会)を同時開催で私が話した内容をまとめたものです。

※東光寺(静岡市清水区横砂)のみんなの坐禅会(子供坐禅会)についてはこちらをご覧ください。
※臨済宗青年僧の会 オンライン坐禅会についてはこちらをご覧ください。




昔話に学ぶ 分福茶釜 その9 大切だから涙が出る



600【昔話】76分福茶釜



「私は大切な人と5分間 会うことができるなら、例えみんなが高いと思うような金額でも交通費を払って、その人に会いに行きます。」


と言った方がいらっしゃいました。


「もしも大切な人が亡くなってしまった場合、どんなにお金を出してもその人には会うことができないから。」


と丁寧に理由も教えてくれました。この言葉を聞いたときに、”誰かと直接会うことができる”ということはかけがえのないことだと改めて感じました。



分福茶釜の物語を紹介するのも9回目となります。


これまでの流れをおさらいしすると

・タヌキが襲われ、茶釜に化ける
・タヌキは襲われたことが、あまりに怖くて茶釜から元の姿に戻れなくなる
・茶釜の形のタヌキはある日お寺のお経に購入される
・しかし、茶釜がしゃべったり、動くので和尚は気味悪がって茶釜をくず屋さんにあげてしまう。
・くず屋さんは分福茶釜を受入れて大成功
・くず屋さんは儲けたお金で分福茶釜を元の姿に戻そうと必死になる。
・分福茶釜はくず屋に感謝をするものの、体調をくずす。
・くず屋は分福茶釜を必死に看病し、分福茶釜も幸せを感じる

このようになっています。今回は、この続きです。





残念ながら、男の必死の看病にも関わらず分福茶釜は亡くなってしまいます。


非常に辛いできごとに、男は嘆き悲しみます。


昔から伝わる子供が読むような昔話にも、大切な人が亡くなってしまう場面が描かれることがあります。


「時代の流れ」と言ってしまえば、そうなのかもしれませんが 最近では昔から伝わるお話もハッピーエンドに変化させてしまうことがあります。


分福茶釜も


「幸せに暮らしましたとさ」と終わったり、病気が良くなって終わる話もあります。


または、見世物小屋が成功して終わってしまう話など様々な話が用意されています。


今回はあえて辛い場面があるものを紹介しています。


このお話は昭和の時代に放送された日本昔話に描かれていたものです。


なぜ昔話に「主人公の死」という辛い場面が描かれているのでしょうか。


それは、この話しに触れた人達が、しっかりと「今を生きてほしい」という願いが込められています。


「死」としっかり向き合うから、「生(生命)」と向き合うことができる


という言葉があります。





私は僧侶として多くの葬儀に携わらせていただいています。その葬儀に参列される方の中には”初めて参列する”という方がもちろんいらっしゃいます。


そのことは珍しいことではありませんが、私よりも経験が豊富な和尚様方は口をそろえて


「”初めて”お葬式に参列する人の年齢が上がっている」


と言うのです。


以前でしたら、幼少期のうちに身内や親戚が亡くなり”初めてのお葬式”を経験する方がほとんどでした。


しかし、現代は医療の発達によって長生きの方が増えたことや、親戚付き合いが減少したため、お葬式を経験することなく成人する方が増えているのです。


さらに、「お葬式」と「子供の学校や習い事」を天秤にかけて、学校や習い事を優先する家庭もあります。


その結果、知っている人や、大切な方を失うという経験や実感を持たずに大きくなることが増えてきているのです。


もちろん、長生きすることや学校や習い事を一生懸命することは素晴らしいことです。


しかし、自分がいただいた「いのち・生命」と向き合おうと考えたときには「自分の命の終わり」を意識することが大切なのは誰でも分かります。


その「命の終わり」と向き合う機会が年々減ってしまっているのです。




だからと言って、時代の流れを変えることはできません。


でも、昔のことを知ることはできます。


昔の習慣を学ぶことはできます。


昔のことを知り、習慣を学ぶことで、大切なことを感じ取ることができます。


だからこそ、昔話が現代にまで伝わっているのだと思います。


分福茶釜では精一杯に生きたタヌキが残念ながら亡くなります。

話を聞いているだけでも、読んだだけでも辛い気持ちになります。


その辛く悲しい別れを感じることで、何を大切にしなくてはいけないかが見えてきます。


今、自分のいのちがここにあることが、どれほど有難いことなのかを感じることができます。


そのことを、分福茶釜は教えてくれているように感じます。



600仏教豆知識シール 420-431 昔話シリーズ 分福茶釜9
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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