雪は重い!!

考えてみれば、これまでの人生で大量の雪を運んだことはありませんでした。
高校まで、そして僧侶となった後に暮らしている静岡では雪が降りません。
大学生活を過ごした神奈川県相模原市では雪は経験しましたが、何日も積もったり生活に支障をきたすことはありませんので除雪をしたことがありません。
教員生活を送った名古屋でも年に数回は雪が降りましたが、生徒が登校する前に歩きやすいように雪を隅に寄せるくらいしかしたことがありませんでした。
今回、駐車場の雪を運ぼうとして驚いたことがあります。
※なぜ、雪が降らない静岡市に雪があるのかについて紹介した記事はこちらです。
その1 清水に雪が降った!!!!?
その2 清水に積もった雪に学ぶ 【子供の声は何の声か】
その3 雪を溶かそうとして感じたこと
前回の記事(その3 雪を溶かそうとして感じたこと)にも書いたように、駐車場に車を停められるようするために大量の雪を溶かすことになりました。
雪を散らして溶かそうとする私に
「せっかくだから一部の雪を砂場に移動させて、少しでも園児が楽しめるようにしよう」
という、考えが出てきました。
・・・この後に起こる悲劇も考えず。
今となっては、そんな考えを起こした自分を叱りつけてやりたい気分です。
しかし、私には思ったことを後先考えずに実行してしまうクセがあります。
さっそく「収納かご」を用意しました。
畑の作業でよく使う黄色いカゴです。
スコップ(シャベル)で雪を砕き、カゴに入れて踏み固めました。
そして、雪がいっぱいになった収納かごを持ち上げようとしました。
その瞬間、驚くほどの重さに腰が悲鳴をあげました。
スーパーの買い物かごよりもひと回りだけ大きい黄色いカゴが持ち上がらないのです。
それでも、力を込めてカゴを持ち上げ10mほど離れた場所に雪を運びました。
1回だけ運んで、息切れをしながら考えました。
なんで、私はこんなに疲れているのか!?
答えは簡単です。
知識ばかりに頼って、実践をしていないからです。
静岡には雪が降りません。
もちろん積もりません。
当然、運ぶ経験もありません。
あるのは知識だけ。
雪の知識(イメージ)と言えば、空からハラハラと舞い降りてくる美しい映像ばかり。
そして、雪は溶けると見ずになり、水は1ccで1g、1Lで1kgあるということです。
雪の重さについては一応の知識もあったにも関わらず、ハラハラと舞い降りてくる映像が
「雪は軽くて美しい」
という思い込みを作り上げていたのです・・・
そして、その誤った知識によって私の体は悲鳴をあげたのです。
禅の言葉に冷暖自知【れいだんじち】という言葉があります。
冷暖自知とは、実感・実体験をすることの大切さを説く言葉です。
そこにあるものが、暖かいか冷たいか、どんなに議論をしてもわからない。
実際に触れば、その瞬間い冷たいか暖かいかわかる
同様に、悟りの体験はそれを得た人にだけが知ることができるもので、言葉では説明しきれないものがあることを伝えてくれる言葉です。
雪は水が凍ったもの。空からハラハラを振ってくる。水の重さは1ccで1g。
知識は大切です。
しかし、そんな知識よりも、一度持ち上げれば
雪の重さを体験し、その雪が溶けて水になるから服がビチョビチョになる
ということを一瞬で体験し学ぶことができます。
そして、雪を数時間運び続ければ、その日だけでなく、数日間は体が筋肉痛なる。
ということも体で覚えることができました。
冷暖自知、「知識だけでなく、体験することの大切さ」を、身をもって覚えることができました。
これから、雪に関するニュースを見たときに
「あ、大変だ」
という私の感想に少しだけ重みがでそうです。