「オンラインでもできる」から「オンラインだからできる」 その2
「オンラインでもできる」から「オンラインだからできる」 その2
臨済宗青年僧の会の機関紙「不二(ふに)」にオンライン坐禅会についての記事を書かせていただきました。
僧侶が読む機関紙ではありますが、少しでも多くの方に読んでいただきたいと考え、ブログで紹介をさせていただきます。少し長い文章になりますので3回に分けて紹介をさせていただきます。
その1 オンライン坐禅会とは
その2 分身ロボット
その3 「でも」から「だから」
分身ロボット

日本でコロナウイルスの感染が始まって三年が経とうとしています。多くの行事が中止や縮小に追い込まれ「不要不急」という言葉に心を乱されていましたが、少しずつコロナウイルスへの対応方法を模索することで、多くの行事が開催されるようになってきました。そんなときに聞こえてきたのが
「やっぱり対面が一番だよね。」
という言葉でした。私自身、久しぶりに直接お会いすることができた方と食事をしながら「直接会うのが一番だね。」と言葉を交わしたことがありました。
しかし、何気なく使っているこの言葉が本当に正しかったのか。 「対面(直接会うこと)が一番」という言葉が誰かを傷つけているのではないかと考えさせられることがありました。
そのきっかけは、東京・日本橋にある「分身ロボットカフェ」へ行ってロボットに接客をしてもらったことです。昨今では、ファミリーレストランなどでも配膳をする機械が登場して話題になっているので「ロボットカフェ」と聞くと、全てが機械化されたカフェを想像する方もいるかもしれません。
しかし、日本橋にある 「分身ロボットカフェ」は様々なものが機械化された施設ではありません。 〝分身”という言葉にあるように、人間の分身としてロボットが働くカフェなのです。そして、このロボットを操作するのは、病気など様々な理由で外出することが困難な人達なのです。
実際にカフェを訪ねると車椅子での生活を余儀なくされた方や、寝たきりの生活をされている方などが自宅にいながらロボットを操作し、飲み物や食事を運ぶだけでなく、注文を取ったり商品の説明をするなど一般的なカフェで働く人と同じ役割をされていました。
私がカフェを訪れた際に対応してくれた店員さんは九州地方で暮らす方でしたが、普段は病気のため車椅子生活で、働くことが難しいと思っていたときに、分身ロボットカフェの存在をしり、迷うことなく働くことを希望したと話してくれました。
また、食事中に話しかけてくれた別の店員さんは、生まれたときからの病気の影響で寝たきりの生活を続けている方でした。この方も、自分がまさか働くことができるとは想像もしていなかったのですが、 「外に出て働くことができてとてもやりがいを感じている」と教えてくれました。
もちろん、やりたいと言う気持ちだけで働くことができるわけでありません。わずかに動く指と視線で入力をするパソコンを使用し、自宅で機器を操縦しているそうです。しかし、そう言った苦労を見せずに積極的に客である私に話しかけるその姿は、ロボットの形はしているものの、その中に確かな人間性を感じることができる存在だったのです。
この分身ロボットカフェはホームページに「テクノロジーによって、人々の新しい社会参加の形の実現を目指しています。ぜひ、少し先の未来を体験しに来てください!(ホームページより) 」と書いてあるように、今までにない新しい形で多くの人が社会に出られる環境を作ろうとしていますし、すぐそこに、確かな人間性を感じることができました。
私はこの経験をしたときに、 「直接会うとは何なのか」と問われているように感じました。私自身が何気なく使っていた「人と人は直接会うことが一番だね」ということは、このカフェで働く方が、自分自身の力ではどうすることもできないことだったのです。
様々な機器の発達によって私達が何気なく発した言葉が、想像を超える早さで多くの人に伝わる時代になりました。時には意図しない範囲にまで自分の声が伝わることもあり、それが結果として相手を傷つけることになることがあるのです。
外に出たくても出ることができない方にとって、私が何気なく発した「人と人は直接会うことが一番だね」といった言葉はどのように受け取られたのでしょうか。
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臨済宗青年僧の会の機関紙「不二(ふに)」にオンライン坐禅会についての記事を書かせていただきました。
僧侶が読む機関紙ではありますが、少しでも多くの方に読んでいただきたいと考え、ブログで紹介をさせていただきます。少し長い文章になりますので3回に分けて紹介をさせていただきます。
その1 オンライン坐禅会とは
その2 分身ロボット
その3 「でも」から「だから」
分身ロボット

日本でコロナウイルスの感染が始まって三年が経とうとしています。多くの行事が中止や縮小に追い込まれ「不要不急」という言葉に心を乱されていましたが、少しずつコロナウイルスへの対応方法を模索することで、多くの行事が開催されるようになってきました。そんなときに聞こえてきたのが
「やっぱり対面が一番だよね。」
という言葉でした。私自身、久しぶりに直接お会いすることができた方と食事をしながら「直接会うのが一番だね。」と言葉を交わしたことがありました。
しかし、何気なく使っているこの言葉が本当に正しかったのか。 「対面(直接会うこと)が一番」という言葉が誰かを傷つけているのではないかと考えさせられることがありました。
そのきっかけは、東京・日本橋にある「分身ロボットカフェ」へ行ってロボットに接客をしてもらったことです。昨今では、ファミリーレストランなどでも配膳をする機械が登場して話題になっているので「ロボットカフェ」と聞くと、全てが機械化されたカフェを想像する方もいるかもしれません。
しかし、日本橋にある 「分身ロボットカフェ」は様々なものが機械化された施設ではありません。 〝分身”という言葉にあるように、人間の分身としてロボットが働くカフェなのです。そして、このロボットを操作するのは、病気など様々な理由で外出することが困難な人達なのです。
実際にカフェを訪ねると車椅子での生活を余儀なくされた方や、寝たきりの生活をされている方などが自宅にいながらロボットを操作し、飲み物や食事を運ぶだけでなく、注文を取ったり商品の説明をするなど一般的なカフェで働く人と同じ役割をされていました。
私がカフェを訪れた際に対応してくれた店員さんは九州地方で暮らす方でしたが、普段は病気のため車椅子生活で、働くことが難しいと思っていたときに、分身ロボットカフェの存在をしり、迷うことなく働くことを希望したと話してくれました。
また、食事中に話しかけてくれた別の店員さんは、生まれたときからの病気の影響で寝たきりの生活を続けている方でした。この方も、自分がまさか働くことができるとは想像もしていなかったのですが、 「外に出て働くことができてとてもやりがいを感じている」と教えてくれました。
もちろん、やりたいと言う気持ちだけで働くことができるわけでありません。わずかに動く指と視線で入力をするパソコンを使用し、自宅で機器を操縦しているそうです。しかし、そう言った苦労を見せずに積極的に客である私に話しかけるその姿は、ロボットの形はしているものの、その中に確かな人間性を感じることができる存在だったのです。
この分身ロボットカフェはホームページに「テクノロジーによって、人々の新しい社会参加の形の実現を目指しています。ぜひ、少し先の未来を体験しに来てください!(ホームページより) 」と書いてあるように、今までにない新しい形で多くの人が社会に出られる環境を作ろうとしていますし、すぐそこに、確かな人間性を感じることができました。
私はこの経験をしたときに、 「直接会うとは何なのか」と問われているように感じました。私自身が何気なく使っていた「人と人は直接会うことが一番だね」ということは、このカフェで働く方が、自分自身の力ではどうすることもできないことだったのです。
様々な機器の発達によって私達が何気なく発した言葉が、想像を超える早さで多くの人に伝わる時代になりました。時には意図しない範囲にまで自分の声が伝わることもあり、それが結果として相手を傷つけることになることがあるのです。
外に出たくても出ることができない方にとって、私が何気なく発した「人と人は直接会うことが一番だね」といった言葉はどのように受け取られたのでしょうか。
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