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オンライン坐禅会 法話 照顧脚下【しょうこきゃっか】

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大雨によって保育園に土砂が流れ込みました。


一面、泥だらけです。


ものすごく滑ります。


掃除道具は泥だらけの廊下の先です。


一歩一歩、しっかりと足元を確認しながら歩きました。


慣れた場所のはずなのに 必死に一歩一歩 歩きました。




禅語に照顧脚下【しょうこきゃっか】という言葉があります。


足元を見なさい という意味です。


履物を揃えなさい という意味で使う人もいます。



しかし、禅語としては違う解釈もできます。


足元を見ると言うことは 自分の人生の足元を見ることであり、自分の立ち位置を確認することでもあります。


人生の足元、人生の立ち位置とは、自分自身の基礎基本とも言えるでしょう。


自分自身の基礎基本とは自分の本性(仏性)とも表現することができます。


つまり、照顧脚下は自分の本性に気づくことの大切さを説く言葉です。


では、どうしたら良いのか。


慣れた道を 一歩一歩 丁寧に歩くように、目の前のことだけに集中することが大切です。




河野太通老師は照顧脚下【しょうこきゃっか】を


暗くて行く道も定かでないときには、足下に気をつけるのがよろしい。 仏法の奥義といいますと、とかく 深遠玄妙なものであると思いがちですが、実は日常平凡なところ、すなわち脚下にあるのです。




と表現されています。


適当に歩くと堆積した泥に足を取られて、滑って転びます。

堆積した泥の上を丁寧に歩いたときに思い出したのは、いつもは滑り止めの効いた素晴らしい地面があったことです。

丁寧に歩くことで、ありがたい地面の存在に気付くことができるのです。


同じように、丁寧に身体を調え、呼吸を調えることで、自分自身の本来持っている尊い(ありがたい)心に気がつくことができます。

そのことを照顧脚下と表現することができるのです。

どこかの玄関で照顧脚下や同じ意味の看脚下などの言葉に触れたとき、目の前のことに必死になる、丁寧に行っていくことの大切さを思い出していただければ幸いです。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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