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補足 【渓声便是広長舌 山色豈非清浄身】:けいせい すなわち これ こうちょうぜつ  さんしょくあに しょうじょうしんに あらざんや

昨日の記事で「渓声便是広長舌 山色豈非清浄身」という禅語を紹介させていただきました。
※妻と私のやり取りを紹介した記事はこちらです。




600インスタ用 絵葉書 渓声便是広長舌 山色豈非清浄身4



今回の記事は前回の補足です。



妻に、「禅語は?読む気がうせるほど長いんだけど…」


と言わしめた

渓声便是広長舌 山色豈非清浄身
【けいせい すなわち これ こうちょうぜつ  さんしょくあに しょうじょうしんに あらざんや】

について補足をさせていただきます。


昨日の記事では


【渓声便是広長舌】
(けいせい すなわち これ こうちょうぜつ)


渓声は谷川の音と山々の色、広長舌は仏様の舌を表しています。
だから、【渓声便是広長舌】は「谷川で聞こえてくる川の音は仏の声である」という意味。


【山色豈非清浄身】
(さんしょくあに しょうじょうしんに あらざんや)
清浄身は汚れのない身体のことで、仏身を表しています。
だから、【山色豈非清浄身】は「山々の姿が、そのまま仏様の姿である」という意味です。



と紹介をさせていただきました。



この禅語にはとても有名な逸話があるのですが、昨日の記事では長くなるため紹介をすることができませんでしたので、ここで紹介をさせていただきます。




登場人物は中国の詩人、蘇東披(そとうば)です。


蘇東披は、役人であり詩人でした。


しかし、あるときに皇帝を批判したと濡れ衣を着せられて左遷されてしまいます。


左遷された蘇東披は仏教を学ぶようになります。


そして、照覚和尚と出会い、「無情説法の話」という問題を出されます。



この「無情説法の話」というのは次のような問答です。






ある修行僧が慧忠国師という師匠に質問をします。


修行僧
「無情、つまり山や川や石ころなどの無生物も法を説いているのでしょうか」

慧忠国師
「途切れることなく、いつもさかんに法を説いているよ」

修行僧
「それならば、どうして私には聞こえないのでしょうか」

慧忠国師
「それは君が勝手に聞かないだけのことで、無情が君に聞こえないようにしているのではないよ」

修行僧
「わかりません。それなら無情の説く法を誰なら聞くことができるのでしょうか」


慧忠国師
「聖人だちなら聞くことができるよ」


修行僧
「それならば和尚さん、あなたは聞いておりますか」


慧忠国師
「いや、私は聞いておらん」


修行僧
「あなたも聞いていないのに、どうして無情が説法しているのがわかるのですか」


慧忠国師
「私か聞いていないのは君にとって幸せだ。私かもし説法を聞く立場にいれば、私も聖人になってしまう。そうなれば木や石ころになって君に説いてやれず、君は私の説法を聞けなくなってしまうよ」


修行僧
「無情でなければ無情の説法が聞けないならば、私たち人間には法を聞く望みがないではないですか」


慧忠国師
「だからこそ、無情の立場に立つ私は人間のために話しているのであって、聖人のために説いているのではないよ」


修行僧
「それならば、人間が無情の説法を聞いたらどうなるのでしょうか」


慧忠国師
「それこそ人間ではない、無情だよ」





この「無情説法の話」という問題を与えられた蘇東城は理解することができません。


悩みに悩むのですが、理解できなかったのですが、別の場所へと移動しなければいけなくなりました。


そこで、移動をしているときに、ある渓谷にさしかかり、谷川のせせらぎの音を聞き、忽然と悟りを開き、そのときの感動をうだったのが、


【渓声便是広長舌】
(けいせい すなわち これ こうちょうぜつ)
「谷川で聞こえてくる川の音は仏の声である」


【山色豈非清浄身】
(さんしょくあに しょうじょうしんに あらざんや)
「山々の姿が、そのまま仏様の姿である」


だったのです。





蘇東披は渓谷の景色があまりにも美しかったので感動をしたのでしょうか。


そうではありません。


蘇東披の心が変化したからこそ、これまでにも見てきたはずの景色が違って見えた。


そのことに感動をしたのです。




知らず知らずのうちに、自分の知識や経験を通して物事を見るようになり、そのために見えなくなった景色があり、聞こえなくなった音があったのです。


私達も気づかないうちに心に耳栓をしてしまっているかもしれません。

しかし、耳栓を外せば、聞こえなかった音が聞こえるようになります。

同じように気づかないうちに心にアイマスクをつけてしまいます。
そんなアイマスクを外してみたら、見えなかった景色が見えるようになることを教えてくれているのです。


後は、それを実体験するだけです。


・・・そこは当然難しいのですが。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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