遺教経に学ぶ 【0】

遺教経(ゆいきょうぎょう)に学ぶ 【0】
~ 「終わり良ければ全てよし」 だから遺教経を学ぶ ~
幼いころ「終わり良ければ全てよし」という言葉が好きだった。
毎年、夏休みの宿題を最終日に終わらせて
「終わり良ければ全てよし」
と自分への言い訳のように使っていた。
あるとき、友人に「終わり良ければ全てよし」には、前半はあることを教えてもらった。友人は
「始め良ければ終わりよし、終わり良ければ全てよし」
と教えてくれた。
最初の一歩を大切をしっかりと歩みだせば、最後までしっかりと歩むことができる。
最後の一歩までしっかりと歩めたならば「全てよしだ!!」と、言うのだ。
「終わり良ければ全てよし」を、最後だけがんばれば、これまでの不真面目なことが帳消しになると思っていた私は衝撃を受けた。
しかし、考えてみれば、本などを読んでいても大切なことは最初と終わりに書いてあることを思い出して妙に納得することができた。
仏教の教えを、現代の人に少しでも多く伝える”仏教聖典”という本がある。
素晴らし内容で、何度読んでも学ぶべきことがたくさんある本だ。
この本の、最初の部分に書かれているのが、遺教経などに示されたお釈迦様の最期の教えである。
大切な教えだからこそ、仏教聖典という本の始めに掲載され、大切な教えだからこそ、最後の最後に説かれたのが、遺教経(ゆいきょうぎょう)だ。
私は勝手に、遺教経(ゆいきょうぎょう)と
「始め良ければ終わりよし、終わり良ければ全てよし」
に共通するものを感じる。
だからこそ、しっかりと遺教経を学んでいきたいと考えている。
そして、自分が「学びたい」と考えたとき、「誰かに伝える」ことは有効な勉強方法である。
そのため、自分自身の学びのために、このブログで遺教経について紹介をしていきたいと考えている。
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