昔話 「姥捨て山」に学ぶ その1

昔話 「姥捨て山」に学ぶ その1
昔話「姥捨て山(うばすてやま)」は
老人を捨てなくてはいけない国で、母を捨てることができなかった息子が、母に助けられながら国を救い、その働きによって「老人を捨てる国」から「老人を大切にする国」に変わっていくお話です。
実はこの昔話、お釈迦様の説かれた話がモデルになっているようです。
ですから、姥捨て山の話は
「老人を大切にすることの大切さを説く」だけでなく、非常に多くのことを教えてくれています。
今回は、物語の冒頭部分を紹介しながら、ここから何を学ぶことができるのかを紹介させていただきます。
皆さんは、自分を殺そうとしている人が困っていたら、その人を助けようとすることはできますか?
私には自信がありません。
自分が助かりたい一心で、相手を攻撃してしまうと思います。
しかし、姥捨て山に登場するお婆さんは自分を殺そうとする息子を助けるのです。
誰もが「誰かのために何かすること」は大切なことだと分かっています。
では、どういったときに誰かのために何かをしているのでしょうか。
それは「自分に余裕があるとき」ではないでしょうか。
しかし、本当に大切なことは
どんなときでも、誰かのために何かをする
ということです。
そして、このような心を仏教では「慈悲の心」と呼んでいます。
姥捨て山という昔話の冒頭部分の息子がお婆さんを捨てるために山に連れて行こうとする場面で、
おかあさんは、道ばたの木の枝をぽきんぽきん折っては、道に捨てました。お百姓はふしぎに思って、「おかあさん、なぜそんなことをするのです。」 とたずねましたが、おかあさんはだまって笑っていました。
という部分があります。
これはまさに、お婆さんの慈悲の心を示してくれています。
余裕があるときに誰かのために何かをすることは難しいことではないかもしれません。しかし本当に大切なことは、自分に余裕がないときにこそ、誰かのために何かをすることなのだと、お婆さんの行動は教えてくれています。
そんなこと、できるわけがない!
と思うかもしれません。
その通りです。私もできる自信がありません。
しかし、小さなことでも今できることはあるはずです。
まずはそのことを実践することが大切です。
小学校の時に、九九を覚えようとしたときに、いきなり全部を覚えることができる人はいません。
1の段から順番に少しずつ覚えていきました。
誰かにために何かをするときも同じです。
できることを確実に行っていく。このようなことを積み重ねることで次の段階へと進むことができます。
もも、昔話「姥捨て山」の冒頭部分に触れる機会がありましら、
「あ、この部分は自分が苦しいときこそ誰かの為に何かをすることはとても大切だということを示してくれている。」
と思い出してもらえればうれしいです。
※姥捨て山の記事の一覧やお話しの概要はこちらの記事をご覧ください。
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