やっぱり苦しみは自分で作っている (娘が落とした箸に学んだこと)

朝ご飯を作っていたら、娘が箸を並べてくれようとした。
運悪く、運ぼうとした箸を上手く持てずに1本の箸が流しに落ちた。
それを見てハッとした。
そこにある事実は、
・娘が手伝おうとした
・箸が落ちた
ただそれだけだ。
しかし、落ちた箸が私のだったら「なんだこのやろう、俺に恨みでもあるのか!?」と考えてしまうかもしれない。
妹の箸だったら「ケンカでもしたのか?」と考えてしまうかもしれない。
目の前の事実に、憶測と思い込みをくっつけて、勝手に苦しむことがあるのではないか!?
そのように感じた。
もちろん、世の中には様々な人がいる。嫌味を言ったり、悪いことをする人がいる。
これも事実だ。
しかし、そうでない人もたくさんいることも事実。
仏教の教えに 四諦【したい】というものがある。
四諦とは以下の4つの真理である。
・生きることは苦であると説く、苦諦【くたい】
・苦の原因は煩悩であると説く、集諦【じったい】
・煩悩を消すことで苦が滅すると説く、滅諦【めったい】
・八つの正しい実践をすることで煩悩をなくすことを説く、道諦【どうたい】
世の中に苦しみはあり、苦しみは自分が作る。しかし、その原因をなくすことも自分でできる
と教えてくれている。
そのために「八つの正しい実践」が大切で、その中の最後(八つ目)が、正しい精神統一をする正定【しょうじょう】だ。
落ち着いた心でいることができれば、煩悩の原因も生まれないので煩悩がもとになる苦しみも生まれない。
と、いうこと。
心が落ち着いていれば、箸が落ちた事実を「箸が落ちた」と見ることができる。
その心で日々を過ごしていきたい。
そう考えたとき
一日一度は静かに坐って 身体と呼吸と心を調えましょう
という言葉が目にとまる。
深呼吸~。
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