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オンライン坐禅会法話原稿 令和3年10月7日 仏教聖典 正しい人生論

なぜあの時、あの人は私を怒鳴ることができたのか。

仏教聖典を読んでいて少しわかった気がします・・・




600網目




このブログで「お坊さんになる“きっかけ” 【尊敬する僧侶との出会い編 その3】」という記事を書きました。


私が中学校の教員になって2年目に僧侶であった祖父が亡くなったときの話です。

※記事について興味のある奇特な方はこちらをご覧ください。



当時の私は大学院を卒業し教員として就職をしたいわゆる“一般人”でした。


その頃は、学生時代・教員時代ともにお寺から離れて生活をしていましたのでお寺の習慣やしきたりも知らない状態でした。


そこに、祖父が亡くなったとの連絡。


そして数日後、火葬場にて祖父は荼毘にふされました。


火葬場では1時間30分程の待ち時間があります。


広い部屋で待機をしていると久しぶりに会う親戚や地元の方が話しかけてきます。


その時に今まで話したことのない和尚様に声をかけられました。


「お孫さんだよね、今何をしているの?」


と聞かれたので、


「中学校の教員をしています。」


と答えました。すると、


「修行道場はどこへ行かれたのですか?」


と聞かれ、私は修行道場へは行かず就職をしていたので


「行っていません。卒業後、すぐに就職をしました。」


と答えました。その瞬間、かなり大きな声で



「そんなことじゃいかん!! あなたはすぐにでも修行に行かなければいけないんだ!! こんな所で何をしているんだ!!」



と叱られました。



こんなに真正面から叱れたのはいつ以来だろうかと思い出せないくらい怒鳴られたのです。


もちろん、この一言だけで私の僧侶としての歩みが始まったわけではありません。しかし、大きな影響を与えてくれたのは間違いないことです。




先日、ふとしたきっかけがあり、この出来事を思い出しました。


そして、仏教聖典の一文を読んだときに


なぜあの時、あの人は私を怒鳴ることができたのか。


少しだけわかった気がします・・・






仏教聖典の「正しい人生論」という項目に


人びとの苦しみには原因があり、人びとのさとりには道があるように、すべてのものは、みな縁(条件)によって生まれ、縁によって滅びる。

(中略)

この身も、この心も、縁によって成り立ち、縁によって変わるといわなければならない。

(中略)

網の目が、互いにつながりあって網を作っているように、すべてのものは、つながりあってできている。
一つの網の目が、それだけで網の目であると考えるならば、大きな誤りである。





という一文があります。「縁」について説かれています。



私は「縁と網の目」の関係を読んだときに、感じたことがあります。


「網」にも様々な種類がありますが、この一文を読んだときに私が考えた「網」は魚を捕まえる網です。


水の中に深く沈めてしまうと見にくい網ですが、水中から出せばはっきりと見ることができます。



網が突然現れたり、消えたりするはずはありませんが、私達は認識することができたり、できなかったりしてしまいます。

「縁」も同じだと思ったのです。



あの頃の私は「縁」がはっきりと見えていなかったのです。


自分の周囲にある、目に見える「縁」だけを大切にしていたのだと思います。


しかし、私を叱った和尚様は、私との「縁」も含めて様々な「縁」を水中から出してはっきりと見ることができる網のように感じることができていたのです。


私は見知らぬ人を叱ることはできませんが、よく知っている人なだが間違った行動をしていれば声を掛けます。


同じように、この和尚様にとって私は「よく知っている人」とも表現できる「縁のある人」だったのです。



私は全ての人を「縁のある人」と感じることができる状態にあった、この和尚様のように精進したいと今でも感じています。



水中にある網を見たいと思ったら、水中から引っ張り上げることも一つの方法です。


しかし、それだけではありません。


水面が静かになれば網を見ることができるかもしれません。




同じように自分自身の心を調えることで、心の水面が静かになれば多くの御縁を感じることができるのではないでしょうか。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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