仏教伝道協会 オンライン法話会 原稿
仏教伝道協会のオンライン法話機で話をさせていただきました。
法話(仏教・禅の話し)を考えたときに妻に原稿を見てもらうことがあります。
今回の法話も原稿も見てもらいました。
以下の文章は、オンライン法話会の原稿です。
当日に聞くことができなかった方は原稿を見ていただければ幸いです。また、当日、話を聞いてくれた方は、原稿との違いをお楽しみください。
※ただし、文字数で言えば約6,000文字ありますので、心にゆとりのあるときに御覧ください

皆さんこんにちは本日は仏教伝道協会のオンライン法話会にお集まりいただきありがとうございます。
本日大変ありがたいご縁を頂き法話をさせて頂きます、臨済宗妙心寺派静岡市清水区にあります東光寺の副住職横山でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
本来であれば私がどのような人間なのか時間をかけて自己紹介をさせていただきたいところではございますが、時間が限られておりますので仏教伝道協会のホームページに私のブログやオンライン坐禅会を担当させていただいている臨済宗青年僧の会のホームページのリンクを紹介して頂いておりますので是非時間のある時にそちらもご覧になっていただければ幸いです。
本日は約20分というお時間頂戴いたしまして話をさせていただきます。
頂いたテーマが恋愛となっております。初めてこのテーマを聞いた時、ただただ驚きました。私のような恋愛経験の少ない人間が、いかに恋愛の話をするのか。本当に話せるのだろうかと不安しかありませんでした。
しかし、せっかく頂いたご縁ということで、今日は仏教の教えから恋愛というものについて考えて参りたいと思います。
今日のテーマは「恋愛」ですが、私はここにサブテーマをつけさせていただきました。それが「仏前結婚式と合掌」です。
皆さんは仏前結婚式というものを知っていますか。私は自分が結婚する時に、お寺で結婚式つまり仏前結婚式を行いました。一般的には結婚式と言うと、神社、教会、または人前結婚式など様々な形がございます。しかし、なかなか仏前結婚式を選択肢として考える方は少ないかと思います。
しかしこの仏前結婚式は大変素晴らしいもので、これまで何回も仏前結婚式に立ち会ってまいりましたが、結婚をする夫婦だけでなく参列された方に「仏前結婚式っていいものですね。」と言っていただくことが多くあります。今日はこの仏前結婚式から恋愛というものを考えてまいりたいと思います。

私は今回の恋愛というテーマをいただいたときに、恋愛とは何かと考えていくうちに恋愛と受験勉強はよく似ているように感じました。
まずは2つとも目指す場所があり、しかしそこが決して到達点ではないと言うことです。受験勉強は受験をするために行いますが、合格したらそれで終わりではありません。その場所が新たな出発点になるのです。
同じように恋愛も結婚という目指す場所があり、そこが新たな出発点となります。もちろん、例外もあります。ただ純粋に学ぶことを楽しむ勉強もありますし、ただ恋を楽しむ恋愛もあります。しかし、それでも「ただ学ぶこと」を楽しむときにも問題を解いて楽しむように、ただ恋を楽しむ恋愛をする際にも仏前結婚式に学ぶことは多くあります。
私たちは様々な試験・受験というものをこれまで経験してきています。高校受験、大学受験、または資格のための受験、運転免許の受験も同じです。
何か目標があってテストを受けるわけですが、テストを受けるための準備が普段の勉強となります。
どのような勉強をしたらよいのかと考えたとき参考となるのが、過去の試験問題を解くことです。過去の問題を解くことで、自分の得意なことや苦手なことが分かってきます。得意不得意が分かれば、あとは得意分野を伸ばし、不得意分野を補うための努力をするだけです。これは多くの試験や受験に共通するものです。
そう、考えますと恋愛をする際に受験勉強と同様に過去の仏前結婚式に学ぶことは多くあるのではないでしょうか。

では、仏前結婚式とは何をするものなのでしょうか。仏前結婚式の特徴というのはいくつかございますが、今日は二つ紹介をさせていただきます。
仏前結婚式で見られる特徴、まずその一つ目が
「結婚を誓うのが仏様そして両家のご先祖様」
というものになります。
教会で行う結婚式であれば神様に結婚の誓いをしますし、人前結婚式であれば見守ってくださる人の前で結婚を誓います。仏前結婚式では私たちを普段から見守って下さっている仏様、そしてご先祖様の前で結婚を誓うという特徴がございます。
もう一つの特徴は「数珠の授与」です。
一般的には結婚式と言えば指輪の交換がありますが仏前結婚式の場合には数珠の授与をいたします。
私の仏前結婚式に出てくれた友人達もこのことがすごく印象に残っているようで、
「初めは冗談かと思ったけれども意味を聞いたらすごく納得して、いいものだと思った。」
と言ってくれました。
なぜ仏前結婚式の場合数珠の授与をするのでしょうか。決して指輪の交換に対抗しているわけではありません。
数珠は何をする時に使うものなのかと言えば、皆様ご存じの通り、拝むときに使用します。
数珠の授与は、結婚をする相手のことを、お互いに拝み合い、大切にしながら今後生活していくことを誓うためのものなのです。
両家の親御さんだけでなく、二人に命を繋いでくれたご先祖様の前で結婚の報告をすること、そしてお互いを拝み合うように大切にすることを誓うことが仏前結婚式の特徴と言えるのです。
このように仏前結婚式の特徴から、恋愛について考えるならば、
恋愛においても相手のことを拝むように大切にすることが重要だと言えます。
しかし皆様にも経験がある通り、恋愛というものがなかなか思うようにいかないものでございます。
私も地元の青年僧、若い和尚様方と一緒に「お寺で婚活」といったものをやっていた時期がございます。残念ながら現在はコロナの影響でこの活動も休止をしているところでありますが、これまでに700人ほどの会員様が登録をしてくださり40回ほど出会いの場を作る企画をしてまいりました。男女各10人から、多いときで各25人合計50人ほどの結婚を希望する男女がお寺に集まって、坐禅や写経、ろうそく作り、数珠作り、精進料理を頂いたりと様々な活動を通して婚活をしてまいりました。
多くの方が、この出会い通じて「結婚をしました。」「子供が生まれました」とうれしい報告をしてくれました。
しかし、登録をしてすぐに結婚にいたる方もいれば、何回も出席していただいているにも関わらず、なかなか異性とうまく前に進むことができない方もいらっしゃいました。どうしたら多くの方が希望するような恋愛をし、そして結婚ができるのかと、婚活の事務局内で考えていただきに、ハッとさせられたことがありました。
それは、それまでに多くの結婚の面倒を見てきた、「伝説の仲人さん」に教えてもらったことです。自分では「どこにでもいる、おせっかいおばさん」と言っておられましたが、その方がこれまでに、結婚に導いてきた夫婦の数や経験をお聞きしたとき、私は勝手に「伝説の仲人」と心の中で呼ばせていただこうと決めました。
私達がお寺で婚活をする際に参加者に安心してもらうために、登録時に参加を希望される方全員が事務局の僧侶と話をする時間を設けていると伝説の仲人さん伝えると
「私もいつも結婚を希望される方と必ず会って話をしています。そしてこの時にいつも言っている言葉があります。」
と言うのです。「なんですか」と聞くと、ある魔法の言葉を教えてくれました。それが、

「あなたは結婚相手に何をしてあげたいですか」
という言葉でした。この質問をした時にパッと答えが出てくる人や、この質問の意味に気がつくことができる人にはすぐ結婚相手が決まるそうです。そして「この質問をされた時なかなか答えることができない人には、私も相当力を入れてバックアップをしているんですよ」とも仰っていました。
私はこの言葉を聞いたときに、ハッとしました。
そして、今までなんと大きな勘違いをしていたのかと感じました。
自分自身の恋愛経験、結婚生活において「相手に何をしてあげたい」と考えたことがあっただろうか。この気持ちが欠けたときに様々な苦しみを感じてきてのではないかと気がついたのです。
私はそれまで、結婚を希望される方と話をしたとき
「どんな方と出会いたいですか。年齢差は何歳まで大丈夫ですか。」
など、相手に対する条件ばかりを聞いていたのです。
どうしても結婚または恋愛といったとき時、
「相手にどんな条件を求めるのか」ということを考えがちです。
年収・身長・両親・兄弟の数、様々なことを考慮して結婚相手・恋愛相手を選ぼうとしてしまいます。
しかし本当に大切なことが何なのか。それは「相手のために、いま自分が何をすることができるのか」だったのです。
もちろん、見返りを求めてはいけません。見返りを求めてしまえば、「これだけのことをしてあげたのに・・・」というマイナスの感情に支配されてしまいがちです。
私もこの言葉を聞いたときに、結婚生活での失敗はほとんどが、相手に求める心がもとになっていると気がつくことができました。
この仲人さんはやってく人が結婚や恋愛に向いているのかどうかを調べるためにこの質問をしているわけではありません。この質問をされた時にハッと気がついて欲しいのです。
求めるのではなく、何かをさせていただく。その気持ちを持って相手と接することが恋愛そして結婚へとつながっていくといことに気がついて欲しいのです。
私自身この話を聞いてから登録希望者と話しをさせていただく際に同じ質問をするようにしました。そのおかげで、良い雰囲気で活動ができるようなりました。
この質問をすることで、良い雰囲気になったと言うことは、私たちは恋愛・結婚にとって本当に大切なものは、何か新しい力を手に入れることではなく、気がつくことだったのです。しかし、どうしても普段の生活で身についてしまった習慣や知識・経験から脱却しきれないからこそ、相手に何かを求めてばかりになり、逆にそのことが自分自身を苦しめる結果となっているように感じます。
では、どうしたら誰かを思いやる心を育てることができるのでしょうか。どこかに手に入れに行かなければならないのでしょうか。もちろん違います。
仏教では誰もが生まれた時から仏様のような尊い心をいただいていると説いています。この尊い心の中には見返りを求めず誰かの為に力を尽くそうとする心も含まれています。
だったらその心を丸出しにして生活をしていけば良いのですが、私達はどうしても普段の生活の中で、様々な経験や知識といったものを、せっかく頂いた尊い心の上にくっつけてしまうのです。そして、この知識や経験には思い込みや偏見といったものが知らず知らずのうちに染み込んでしまうものなのです。そうなると、本来持っている相手を思いやるという尊い心をどうしても見失ってしまいがちになるのです。

だからこそ、仏教ではこの尊い心を実感すること・実体験することの大切さを常に説いていますし、様々な方法を紹介しています。
私は臨済宗、禅宗の僧侶でございます。禅宗では、静かに座って身体と呼吸を調えることで、この尊い心を実体験する“坐禅”を大切にしています。
ですから、本来ならば、「今から一緒に坐禅をしましょう!」と言いたいのですが、時間的にもなかなか難しいものがあります。
少しCMのようになってしまいますが、「あ、坐禅してみたい!」と言う方には臨済宗青年僧の会が主催しておりますオンライン坐禅会への参加をお勧めしております。私よりも魅力的な30人以上の和尚様が毎日入れ替わり立ち代わり朝と晩に坐禅会を開催しておりますので、ぜひそちらの方にもご参加いただきたいと思います。
もちろん、坐禅だけが素晴らしい!坐禅をしない人は尊い心に気がつくことができない!!と言っているのではありません。今日皆様にオススメしたいのはあくまでも仏前結婚式でございます。
仏前結婚式の中で、ご先祖様に結婚の報告をし、数珠の授与をすることで夫婦が互いに拝み合うことを誓う習慣がると紹介させていただきました。
仏教の教えを伝える言葉に

合わす手が 幸せつくり 人つくる
というものがあります。
手を合わせて合掌する姿は相手を想う気持ちを表現しているとも言われています。
手を合わせることで、心が調い、生まれたときから頂いている尊い心が見えてくるのです。
ここで、誤解のないようにお伝えしなくてはいけないことがあります。それは困った時だけ手を合わせても意味がないということです。
恋愛をしていて、ライバルに消えてもらいたい、相手にこっちを向いてほしい、そんな思いだけで手を合わせることは良くありません。
スポーツをしている人が試合中にコーチから「深呼吸をして落ち着いて!!」とアドバイスを受けても、深呼吸をしたから落ち着くというものではありません。普段から深呼吸をして心を落ち着けるという習慣がある人がコーチに「深呼吸!!」と言われて落ち着くことができます。その習慣がない人が試合中に初めて深呼吸をしてもなかなか心が落ち着くものではありません。
合掌も同じです。
私達は知らずしらずのうちに、普段から手を合わせることで心を調える習慣を受け継いでいます。そして、自分自身の中にある尊い心を実体験しているのです。
普段から仏様にご先祖様に手を合わせる習慣を身につけておくからこそ、私たちは手を合わせた時に、自分にも相手にも尊い心があることを思い出すことができるのです。この心を知ることは恋愛、結婚さらにはその後の生活でも大切なことです。
このことを
合わす手が 幸せつくり 人つくる
と表現しているのです。
普段の生活の中、何気ない瞬間、ご飯を食べる時、仏壇の前に座った時、出かけた先でお地蔵様や観音様の前を通った時、ふと足を止めて手を合わせていただく。その習慣こそが自分が頂いている尊い心に気がつくための第一歩となっているのです。
そして、この心のままに、多くの人達との出会いを大切にし、歩んでいくことが恋愛そして結婚が成就するための秘訣だと私は信じています。
どうか合掌のある生活、手を合わせる習慣を守っていってください。そして、これからも恋愛や結婚そして普段の生活で、見返りを求めない合掌のある生活を皆様が送っていただけることを願って本日の話を閉じさせていただきます。
本日は長時間ご清聴頂きましてありがとうございました。
法話(仏教・禅の話し)を考えたときに妻に原稿を見てもらうことがあります。
今回の法話も原稿も見てもらいました。
以下の文章は、オンライン法話会の原稿です。
当日に聞くことができなかった方は原稿を見ていただければ幸いです。また、当日、話を聞いてくれた方は、原稿との違いをお楽しみください。
※ただし、文字数で言えば約6,000文字ありますので、心にゆとりのあるときに御覧ください

皆さんこんにちは本日は仏教伝道協会のオンライン法話会にお集まりいただきありがとうございます。
本日大変ありがたいご縁を頂き法話をさせて頂きます、臨済宗妙心寺派静岡市清水区にあります東光寺の副住職横山でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
本来であれば私がどのような人間なのか時間をかけて自己紹介をさせていただきたいところではございますが、時間が限られておりますので仏教伝道協会のホームページに私のブログやオンライン坐禅会を担当させていただいている臨済宗青年僧の会のホームページのリンクを紹介して頂いておりますので是非時間のある時にそちらもご覧になっていただければ幸いです。
本日は約20分というお時間頂戴いたしまして話をさせていただきます。
頂いたテーマが恋愛となっております。初めてこのテーマを聞いた時、ただただ驚きました。私のような恋愛経験の少ない人間が、いかに恋愛の話をするのか。本当に話せるのだろうかと不安しかありませんでした。
しかし、せっかく頂いたご縁ということで、今日は仏教の教えから恋愛というものについて考えて参りたいと思います。
今日のテーマは「恋愛」ですが、私はここにサブテーマをつけさせていただきました。それが「仏前結婚式と合掌」です。
皆さんは仏前結婚式というものを知っていますか。私は自分が結婚する時に、お寺で結婚式つまり仏前結婚式を行いました。一般的には結婚式と言うと、神社、教会、または人前結婚式など様々な形がございます。しかし、なかなか仏前結婚式を選択肢として考える方は少ないかと思います。
しかしこの仏前結婚式は大変素晴らしいもので、これまで何回も仏前結婚式に立ち会ってまいりましたが、結婚をする夫婦だけでなく参列された方に「仏前結婚式っていいものですね。」と言っていただくことが多くあります。今日はこの仏前結婚式から恋愛というものを考えてまいりたいと思います。

私は今回の恋愛というテーマをいただいたときに、恋愛とは何かと考えていくうちに恋愛と受験勉強はよく似ているように感じました。
まずは2つとも目指す場所があり、しかしそこが決して到達点ではないと言うことです。受験勉強は受験をするために行いますが、合格したらそれで終わりではありません。その場所が新たな出発点になるのです。
同じように恋愛も結婚という目指す場所があり、そこが新たな出発点となります。もちろん、例外もあります。ただ純粋に学ぶことを楽しむ勉強もありますし、ただ恋を楽しむ恋愛もあります。しかし、それでも「ただ学ぶこと」を楽しむときにも問題を解いて楽しむように、ただ恋を楽しむ恋愛をする際にも仏前結婚式に学ぶことは多くあります。
私たちは様々な試験・受験というものをこれまで経験してきています。高校受験、大学受験、または資格のための受験、運転免許の受験も同じです。
何か目標があってテストを受けるわけですが、テストを受けるための準備が普段の勉強となります。
どのような勉強をしたらよいのかと考えたとき参考となるのが、過去の試験問題を解くことです。過去の問題を解くことで、自分の得意なことや苦手なことが分かってきます。得意不得意が分かれば、あとは得意分野を伸ばし、不得意分野を補うための努力をするだけです。これは多くの試験や受験に共通するものです。
そう、考えますと恋愛をする際に受験勉強と同様に過去の仏前結婚式に学ぶことは多くあるのではないでしょうか。

では、仏前結婚式とは何をするものなのでしょうか。仏前結婚式の特徴というのはいくつかございますが、今日は二つ紹介をさせていただきます。
仏前結婚式で見られる特徴、まずその一つ目が
「結婚を誓うのが仏様そして両家のご先祖様」
というものになります。
教会で行う結婚式であれば神様に結婚の誓いをしますし、人前結婚式であれば見守ってくださる人の前で結婚を誓います。仏前結婚式では私たちを普段から見守って下さっている仏様、そしてご先祖様の前で結婚を誓うという特徴がございます。
もう一つの特徴は「数珠の授与」です。
一般的には結婚式と言えば指輪の交換がありますが仏前結婚式の場合には数珠の授与をいたします。
私の仏前結婚式に出てくれた友人達もこのことがすごく印象に残っているようで、
「初めは冗談かと思ったけれども意味を聞いたらすごく納得して、いいものだと思った。」
と言ってくれました。
なぜ仏前結婚式の場合数珠の授与をするのでしょうか。決して指輪の交換に対抗しているわけではありません。
数珠は何をする時に使うものなのかと言えば、皆様ご存じの通り、拝むときに使用します。
数珠の授与は、結婚をする相手のことを、お互いに拝み合い、大切にしながら今後生活していくことを誓うためのものなのです。
両家の親御さんだけでなく、二人に命を繋いでくれたご先祖様の前で結婚の報告をすること、そしてお互いを拝み合うように大切にすることを誓うことが仏前結婚式の特徴と言えるのです。
このように仏前結婚式の特徴から、恋愛について考えるならば、
恋愛においても相手のことを拝むように大切にすることが重要だと言えます。
しかし皆様にも経験がある通り、恋愛というものがなかなか思うようにいかないものでございます。
私も地元の青年僧、若い和尚様方と一緒に「お寺で婚活」といったものをやっていた時期がございます。残念ながら現在はコロナの影響でこの活動も休止をしているところでありますが、これまでに700人ほどの会員様が登録をしてくださり40回ほど出会いの場を作る企画をしてまいりました。男女各10人から、多いときで各25人合計50人ほどの結婚を希望する男女がお寺に集まって、坐禅や写経、ろうそく作り、数珠作り、精進料理を頂いたりと様々な活動を通して婚活をしてまいりました。
多くの方が、この出会い通じて「結婚をしました。」「子供が生まれました」とうれしい報告をしてくれました。
しかし、登録をしてすぐに結婚にいたる方もいれば、何回も出席していただいているにも関わらず、なかなか異性とうまく前に進むことができない方もいらっしゃいました。どうしたら多くの方が希望するような恋愛をし、そして結婚ができるのかと、婚活の事務局内で考えていただきに、ハッとさせられたことがありました。
それは、それまでに多くの結婚の面倒を見てきた、「伝説の仲人さん」に教えてもらったことです。自分では「どこにでもいる、おせっかいおばさん」と言っておられましたが、その方がこれまでに、結婚に導いてきた夫婦の数や経験をお聞きしたとき、私は勝手に「伝説の仲人」と心の中で呼ばせていただこうと決めました。
私達がお寺で婚活をする際に参加者に安心してもらうために、登録時に参加を希望される方全員が事務局の僧侶と話をする時間を設けていると伝説の仲人さん伝えると
「私もいつも結婚を希望される方と必ず会って話をしています。そしてこの時にいつも言っている言葉があります。」
と言うのです。「なんですか」と聞くと、ある魔法の言葉を教えてくれました。それが、

「あなたは結婚相手に何をしてあげたいですか」
という言葉でした。この質問をした時にパッと答えが出てくる人や、この質問の意味に気がつくことができる人にはすぐ結婚相手が決まるそうです。そして「この質問をされた時なかなか答えることができない人には、私も相当力を入れてバックアップをしているんですよ」とも仰っていました。
私はこの言葉を聞いたときに、ハッとしました。
そして、今までなんと大きな勘違いをしていたのかと感じました。
自分自身の恋愛経験、結婚生活において「相手に何をしてあげたい」と考えたことがあっただろうか。この気持ちが欠けたときに様々な苦しみを感じてきてのではないかと気がついたのです。
私はそれまで、結婚を希望される方と話をしたとき
「どんな方と出会いたいですか。年齢差は何歳まで大丈夫ですか。」
など、相手に対する条件ばかりを聞いていたのです。
どうしても結婚または恋愛といったとき時、
「相手にどんな条件を求めるのか」ということを考えがちです。
年収・身長・両親・兄弟の数、様々なことを考慮して結婚相手・恋愛相手を選ぼうとしてしまいます。
しかし本当に大切なことが何なのか。それは「相手のために、いま自分が何をすることができるのか」だったのです。
もちろん、見返りを求めてはいけません。見返りを求めてしまえば、「これだけのことをしてあげたのに・・・」というマイナスの感情に支配されてしまいがちです。
私もこの言葉を聞いたときに、結婚生活での失敗はほとんどが、相手に求める心がもとになっていると気がつくことができました。
この仲人さんはやってく人が結婚や恋愛に向いているのかどうかを調べるためにこの質問をしているわけではありません。この質問をされた時にハッと気がついて欲しいのです。
求めるのではなく、何かをさせていただく。その気持ちを持って相手と接することが恋愛そして結婚へとつながっていくといことに気がついて欲しいのです。
私自身この話を聞いてから登録希望者と話しをさせていただく際に同じ質問をするようにしました。そのおかげで、良い雰囲気で活動ができるようなりました。
この質問をすることで、良い雰囲気になったと言うことは、私たちは恋愛・結婚にとって本当に大切なものは、何か新しい力を手に入れることではなく、気がつくことだったのです。しかし、どうしても普段の生活で身についてしまった習慣や知識・経験から脱却しきれないからこそ、相手に何かを求めてばかりになり、逆にそのことが自分自身を苦しめる結果となっているように感じます。
では、どうしたら誰かを思いやる心を育てることができるのでしょうか。どこかに手に入れに行かなければならないのでしょうか。もちろん違います。
仏教では誰もが生まれた時から仏様のような尊い心をいただいていると説いています。この尊い心の中には見返りを求めず誰かの為に力を尽くそうとする心も含まれています。
だったらその心を丸出しにして生活をしていけば良いのですが、私達はどうしても普段の生活の中で、様々な経験や知識といったものを、せっかく頂いた尊い心の上にくっつけてしまうのです。そして、この知識や経験には思い込みや偏見といったものが知らず知らずのうちに染み込んでしまうものなのです。そうなると、本来持っている相手を思いやるという尊い心をどうしても見失ってしまいがちになるのです。

だからこそ、仏教ではこの尊い心を実感すること・実体験することの大切さを常に説いていますし、様々な方法を紹介しています。
私は臨済宗、禅宗の僧侶でございます。禅宗では、静かに座って身体と呼吸を調えることで、この尊い心を実体験する“坐禅”を大切にしています。
ですから、本来ならば、「今から一緒に坐禅をしましょう!」と言いたいのですが、時間的にもなかなか難しいものがあります。
少しCMのようになってしまいますが、「あ、坐禅してみたい!」と言う方には臨済宗青年僧の会が主催しておりますオンライン坐禅会への参加をお勧めしております。私よりも魅力的な30人以上の和尚様が毎日入れ替わり立ち代わり朝と晩に坐禅会を開催しておりますので、ぜひそちらの方にもご参加いただきたいと思います。
もちろん、坐禅だけが素晴らしい!坐禅をしない人は尊い心に気がつくことができない!!と言っているのではありません。今日皆様にオススメしたいのはあくまでも仏前結婚式でございます。
仏前結婚式の中で、ご先祖様に結婚の報告をし、数珠の授与をすることで夫婦が互いに拝み合うことを誓う習慣がると紹介させていただきました。
仏教の教えを伝える言葉に

合わす手が 幸せつくり 人つくる
というものがあります。
手を合わせて合掌する姿は相手を想う気持ちを表現しているとも言われています。
手を合わせることで、心が調い、生まれたときから頂いている尊い心が見えてくるのです。
ここで、誤解のないようにお伝えしなくてはいけないことがあります。それは困った時だけ手を合わせても意味がないということです。
恋愛をしていて、ライバルに消えてもらいたい、相手にこっちを向いてほしい、そんな思いだけで手を合わせることは良くありません。
スポーツをしている人が試合中にコーチから「深呼吸をして落ち着いて!!」とアドバイスを受けても、深呼吸をしたから落ち着くというものではありません。普段から深呼吸をして心を落ち着けるという習慣がある人がコーチに「深呼吸!!」と言われて落ち着くことができます。その習慣がない人が試合中に初めて深呼吸をしてもなかなか心が落ち着くものではありません。
合掌も同じです。
私達は知らずしらずのうちに、普段から手を合わせることで心を調える習慣を受け継いでいます。そして、自分自身の中にある尊い心を実体験しているのです。
普段から仏様にご先祖様に手を合わせる習慣を身につけておくからこそ、私たちは手を合わせた時に、自分にも相手にも尊い心があることを思い出すことができるのです。この心を知ることは恋愛、結婚さらにはその後の生活でも大切なことです。
このことを
合わす手が 幸せつくり 人つくる
と表現しているのです。
普段の生活の中、何気ない瞬間、ご飯を食べる時、仏壇の前に座った時、出かけた先でお地蔵様や観音様の前を通った時、ふと足を止めて手を合わせていただく。その習慣こそが自分が頂いている尊い心に気がつくための第一歩となっているのです。
そして、この心のままに、多くの人達との出会いを大切にし、歩んでいくことが恋愛そして結婚が成就するための秘訣だと私は信じています。
どうか合掌のある生活、手を合わせる習慣を守っていってください。そして、これからも恋愛や結婚そして普段の生活で、見返りを求めない合掌のある生活を皆様が送っていただけることを願って本日の話を閉じさせていただきます。
本日は長時間ご清聴頂きましてありがとうございました。
- 関連記事
-
- ラジオ マリンパル 禅なはなし 【6月の原稿】 (2021/06/14)
- サボテンの花 (2021/06/13)
- 仏教伝道協会 オンライン法話会 原稿 (2021/06/10)
- 素直なに喜ぶ姿に笑顔になる (2021/06/06)
- オンライン坐禅会 法話原稿 【救いとその手立て】 (2021/05/26)