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昔話シリーズ その25 竹取物語 【7:燕の子安貝】

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われてみんなの坐禅会(子供坐禅会)で私が話した内容をまとめたものです。





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昔話シリーズ【25】 竹取物語 【7:燕の子安貝】



小学生の頃、体育の時間に運動場を走っているときに、空を飛んでいた鳥の糞が私を直撃したことがありました。

強烈に印象に残っていますし二度と起こってほしくない出来事です。






竹取物語・かぐや姫の話しから学ぶことをまとめています。

これまでに
1:仏の光明
2:切った竹から金
3:仏様が使った食器
4:蓬萊の玉の枝
5:火鼠の皮衣
6:龍の首の珠


と、紹介してきました。
※クリックすると記事をご覧いただけます。




今回も、かぐや姫が結婚を申し込んできた男に突き付けた難問について紹介をします。


これまでに「仏様が使った食器」、「蓬萊の玉の枝」、「火鼠の皮衣」、「龍の首の珠」を紹介しましが、かぐや姫は結婚を申し込んできた別の男に「燕の子安貝」を要求しています。


燕(つばめ)の子安貝とは燕が卵を産んだときに一緒に生まれるという伝説の貝です。この子安貝がお守りになるとも言われています。


子安貝を持ってきくれて言われた男は、部下に燕の巣を探させます。


やがて高い場所に巣が見つかると、周囲の人に手伝ってもらって籠に乗って高い所に登りました。


そして、巣の中に手を入れると子安貝のような”何か”をつかみました。


その時、男は誤って籠から落ちてしまったのです。


落ちても男は


「子安貝を取った!!」


と喜んでいるのですが、よく見ると男がつかんだのは鳥の糞だったのです。


男はとても落ち込み、しかも落ちたときの傷がもととなり亡くなってしまったのです。






なんとも悲しいお話です。


竹取物語の中で、ここの部分に


「智慧のないざまをして、一番惨め(みじめ)を見たのがこの人です。」


と書かれています。


「智慧がない」のです。「知恵」ではありません。


私は物語の中で出てくる「子安貝」は「智慧」を表しているように感じます。


智慧とは仏教の根本的な大切な考え方のことであり、悟りとも表現することがあります。




私達が生まれたときから頂いている尊い心のことであり、仏様の心、仏心など様々な言い方をします。


誰にでも平等に備わっている尊い心が智慧であり、この智慧を大切に私達は生きていかなければなりません。


しかし、智慧は誰かに助けてもらって手に入れるものではありません。


自分の中にあり、自分で見つけ、実感するものです。


身体を調え、呼吸を調えれば自然と心が調います。


調った心で自分を見つめ直すことさえできれば、大切なものを実感することができます。


では、子安貝を取ろうとした男の行動はどうでしょうか。


巣を他人に探させ、自分は籠に入って他人に持ち上げさせる。そして、目的のものだけを取ろうとする・・・


まるで、普段の私達のようにも感じます。


大切なものがどこか遠くにあると勘違いし、誰かに助けを求めて、それを手に入れようとする。


しかし、残念ながらそんなことをしても大切なものは手に入らない。


では、どうしたら良かったのでしょうか。




かぐや姫が子安貝を求めているのではなく、智慧を求めていることに気がつけば行動は変わります。


静かになった心を差し出せばよいのです。


かぐや姫は「子安貝」に静かな心を例えました。


男も自分の心を何かに例えて差し出せばよかったのかもしれません。




同じように、私達も普段の生活の中で


誰かに頼ることなく自分自身が自分自身の身体を調え呼吸を調えることで心を調えることが大切です。

子安貝を求めて命を落とした男の話は、そのことを教えてくれているのかもしれません。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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