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昔話シリーズ その20 竹取物語 【2:切った竹から金】

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われてみんなの坐禅会(子供坐禅会)で私が話した内容をまとめたものです。



昔話シリーズ【20】 

竹取物語 【2:切った竹から金】




600仏教豆知識シール昔話シリーズ2 4






竹取物語・かぐや姫の話しは有名です。



・おじいさんが竹を取りに行くと、一本の光る竹を発見する

・その竹を切ると小さな女の子がいた

・女の子は美しい女性へと成長する

・多くの男が結婚を申し込むが、無理難題を言って断る

・かぐや姫はおじいさんに「自分は月から来た、月に帰らなくてはいけない」と話した

・おじいさんは何とかしようとするが、かぐや姫は月に帰っていく。


と言った内容です。



日本最古の物語とも言われる竹取物語にも多くのことを学ぶことができます。





前回の記事では「かぐや姫を連れて家に帰ると、家中に光が届いた」という冒頭部分を紹介し、かぐや姫の光は私達を普段から照らしてくれている「仏光」なのではないかと書きました。
※記事はこちらです。



今回は冒頭部分の続きを紹介します。



竹取物語にはこのような一節があります。




このことがあつてからも、翁はやはり竹を取つて、その日その日を送つてゐましたが、奇妙なことには、多くの竹を切るうちに節と節との間に、黄金がはひつてゐる竹を見つけることが度々ありました。それで翁の家は次第に裕福になりました。





つまり、竹を切ると黄金が入っていてお金持ちになったのです。


昔話として、ここで話が終わっていれば「めでたし・めでたし」で良いのですが、御存じの通り竹取物語はここでは終わりません。
お金持ちになっているのに、おじいさん(翁)はかぐや姫を失ってしまうのです。




かぐや姫が「仏光」だとするならば、同様に光り輝く黄金もおじいさん達を良い方向へと導いてくれるはずです。


しかし、そうはなりませんでした。


なぜでしょうか。


おじいさんは、かぐや姫も黄金も大切にするあまり自分のものだけにしようとしていたからだと私は考えています。


「独り占めはいけないことだ」というだけではありません。





禅の教えに「仏を殺せ」という、とても強い言葉あります。


本当に「殺す・殺せ」というわけではありません。


「捨てる・捨てろ」、「手放せ」、「思い込むな」ということです。


仏様の教えを大切にすることは大切です。しかし、


「その教えだけが正しくてその他のものはすべて間違いだ。」と強く思い込んでしまうと「間違っている奴らを攻撃してしまえ」と間違った感情を持ってしまいます。


また、一度でも知った教えを大切するあまり、そこがゴールだと思い込みそれより先に進まなくなってしまうこともあります。


このような思い込みを時には捨て去ることの大切さを「仏を殺せ」と表現するのです。





翁は黄金を手に入れると、その黄金を大切にして裕福になっていきます。


しかし、ここで”めでたし・めでたし”と物語が終わらなかったのは、


お金持ちになることだけが幸せではないということ、そして大切だと思い込んでいるものを手放すことも時には必要だと伝えてくれているのです。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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