忘れられない3月12日の光景
3月11日、東日本大震災から10年が経過しました。
多くの方は、あの日に自分が何をしていたかを覚えている方も少なくないのではないでしょうか。
私自身も地震発生時のことは鮮明に覚えています。
そして、あの時に見た光景で忘れられない光景がもうひとつあります。
それは、翌12日に見た光景です。
3月12日の夜、私は愛知県から静岡へ高速道路を運転していました。
高速道路に入ると目の前に消防車が走っていました。
赤色灯を付けていますが緊急走行をしているわけではありません。しばらく消防車の後ろを入っていましたが、大きな車が目の前を走っていると前が見にくいため追い越し車線へ車を移動させました。
そのとき私の視界に入る道路のはるか先まで赤色灯を灯した無数の消防関係の車が列をなして走っていたのです。
さらに、振り返ると後ろも見える範囲全てに赤い光が連なっていたのです。1
本のつながった赤い線にも見える光は多くの地域から集まっていた消防車でしたが、東北へと向かう消防車がまるで一体となっているように感じました。
この目の前にある無数の消防関係の車を見たとき被害の大きさを実感すると共に、多くの方々がこのようにして飛び出していく姿に思わず手を合わせたことを覚えています。
大きな地震が発生した翌日にあれだけの消防車が東北に向かって行くことができたのは普段からの準備ができていたからです。
普段から備えをしていてくださる関係者皆様のすばらしさを実感したことを覚えています。
仏教聖典という書物に「毒矢に射られた男の話」が出てきます。
毒矢に射られた男がいた。周囲の人達は急いで医者を呼ぼうとしたが、男は「この矢は誰に射られたのか。また、弓は何で出来ているのか。それが分かるまで矢を抜くな。」と言った。
という話です。
仏教聖典には
何が自分にもっともおし迫っているものであるかを知って、自分の心をととのえることから始めなければならない。
と、この話をまとめています。

大きな地震があったとき「様々な情報を集めて今何をするべきかゆっくり検討し会議をする」ということはありません。
まずは一歩を踏み出したのです。
同じように私達も普段の生活の中で悩み苦しんだ時に一歩を踏み出さなくてはいけません。
そのためには何が必要なのか・・・
仏教聖典は「自分の心をととのえることから始めなければならない。」と説いています。
心を調えることの大切は誰もが分かっています。
震災に対する備えが必要なことは誰もが分かっています。
しかし、3月12日に実際に動けた人は多くありません。
私も、何もできませんでした。
同じように心を調えることの大切さはわかっているけれど、できていないことが多いのではないでしょうか。
私もつい、心が調っていないことにすら気づかいない時があります。
心を調えるたまには何が必要か、
臨済宗妙心寺派の生活信条の始まりは
1日1度は静かに坐って、身体と呼吸と心を調えましょう
です。
このように、私たちは心を静かにすることで、心が調い「何が自分にもっともおし迫っているものであるか」が自然と感じることができるようになると信じています。
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