錦袋には薬が入っているのか、それとも食器が入っているのか 【涅槃図】

【錦袋のお話です】
2月15日には多くのお寺で涅槃会というお釈迦様の亡くなられた日に行われる法要が営まれます。
涅槃会の際にはお釈迦様が亡くなられた際の様子を描いた涅槃図がかけられることが多くあります。
この涅槃図には様々なものが描かれており、その一つ一つに物語があるのです。

涅槃図の上部を見ると満月、お釈迦様のお母様、8本の木(4本は枯れ、4本は緑が生い茂っている)、美しい袋などが描かれ

中央部分には亡くなられたお釈迦様、その周囲で嘆き悲しむお弟子様達が描かれ、

また下部には、お釈迦様の死を悲しむ多くの動物たちが描かれています。
全ての物語を紹介したいと思うのですが、それをするにはあまりに時間がありませんので、今回は涅槃図に必ず描かれるものを紹介させていただきます。

涅槃図の中央部分から上部の間に必ず描かれるものがあります

それが錦袋【にしきぶくろ】です。
美しい袋が沙羅双樹に引っかかっているようにも見えますし、よく見ると棒(錫杖:しゃくじょう)の先に取り付けられていて木に立てかけてあるようにも見えます。
この錦袋には何が入っているのでしょうか。
実は、この袋の中身に関しては説が2つあります。
1つは衣鉢【えはつ】、1つは薬です。

まずは衣鉢説についてです。
昔から修行僧が持つことを許された私物は1枚の衣と托鉢と食事の際に使用する鉢(はつ・はち)と呼ばれる食器だけです。
お釈迦様の私物も涅槃図の中に描かれた1つの袋に入るほど少なかったことを示しており、「我」や「欲」などを捨て去ることの大切さを示しています。
次に薬説です。
これは涅槃図の上部に描かれているお釈迦様のお母様が自分の子供(お釈迦様)が亡くなることを止めようと天の薬を投げたが木に引っかかってしまったという説です。
この説では、どんなに強く願っても命あるものは必ず亡くなっていくことを示していると言われています。
どちらが正しいのでしょうか。
私は両方正しいと考えています。
ちなみに、「薬説」は江戸時代より以前の文献には登場することがないようで、テストの丸付けをするのであれば
〇:衣鉢
×:薬
となります。
しかし、私は薬もの正解だと考えています。
以前、地獄絵図について調べている方の講演を聞いたときに
「時代の変化とともに地獄は増えている」
という話を聞いたことがあります。人類が文明を発展させて新しい文化を創造すれば、それとは反対の世界を表すような地獄が誕生し「地獄絵図」に加えられていくそうです。
また、医者をしている私の友人がよく
「最近は、病院に行けば必ず病気が治ると思っている人が多くて悲しくなる。せっかく患者さんの病気がよくなってもありがとうとは言われず、逆に悪くなれば文句を言われる。」
と言っています。
不治の病と言われる病気も多くの方の研究や実際に医療に携わる方々のおかげで時代とともに”不治”でなくなってきています。
しかし、そのおかげで病気は薬を飲めば治るのが当たり前と感じる人が増えてきてしまったのです。
そのように考えると錦袋の中身が「薬」になることもうなずけます。
薬を飲めば病気が治るのは当たり前
↓
薬があれば病気で死ぬことはない
↓
人は死なない
頭ではわかっていることなのですが、もしかしたら今を生きている私達は、このような勘違いをしてしまっているのかもしれません。
戦国時代が終わって平和な時代に突入した江戸時代にも同じように感じた人々が多かったのかもしれません。
そのような人の死を実感できない私達のために、地獄絵図が時代と共に地獄を増やすなどの変化をしたのと同様に、涅槃図に描かれている錦袋の中身は「衣鉢」から「薬」に変わったのだと思います。
もちろん、中身を見ることはできません。
しかし、描かれている絵から中身を想像して学ぶことは非常に大切なことです。
涅槃図の錦袋を目にしたときには
この中には衣鉢が入っていて「”自分のもの”という執着を捨て去ることの大切さを説いている」と感じると同時に、この中には天から送られたが届かなかった薬が入っていて「人の肉体はいつか必ず滅びる。だからこそ今を生ききるための努力をわすれてはいけない。」と感じていただければ、それが正解になるのです。
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