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実践して実感する例え話 その2

前回の記事で「泥水の例え話」を紹介させていただきました。
※記事はこちらです。



仏教の例え話に“泥水の例え”があり、水が清らかな心、泥が煩悩などの嫌な心を表していて、私達の普段の心は、それらが交じり合った泥水のような物です。


そして泥水をそっとしておくことで水と泥に分かれるように、心を調えることで自分の清らかな心を実感することができるといったものです。





今回の記事はその続きです。



ペットボトルの中の泥水を沈殿すること1週間。


ようやく中の水が透明になってきたことを確認できたので、写真を撮影しようとしたときにあることに気がつきました。




600泥水の沈殿3




それは、時間をかけてしっかりと沈殿した泥は、少しくらい容器を動かしても泥はどっしりと動かないため水が濁らないということです。


なんと、横にしても動きません。


沈殿させ始めたころに動かせば簡単に泥は舞い上がり、水が濁ります。


容器を横にすれば泥は流れていきます。


しかし、時間をかけて沈殿した泥は動きにくいのです。


泥が沈殿し水が透明になる様子を観察しているときには


「こんなに時間がかかるなんて・・・もっと早く沈殿しないかな!!?」


と思っていましたが、容器を横にしても動かない泥を見たときに、


「時間をかけて心を調えることができれば、少しくらいの環境変化に動じない心を手に入れることができる。」


と感じました。




なんでも“時短”や“効率化”が求められる時代です。


しかし、改めて時間をかけることで生じる素晴らしい部分もあることを忘れてはいけないと教えていただいたように感じます。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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