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映画を見に行くときの服装



600こまめ 大きな目でよく見るこまめ カラー



私は映画を見に行くときは“私服”で出かけていました。


衣でもなく、作務衣でもなく、一般的なズボンや服を着用して出かけていました。


しかし、数年前から少しだけ服装に気をつけるようになりました。


それは、ある老師【ろうし】様と呼ばれる、私のような未熟な僧侶を指導してくださる和尚様の言葉がきっかけです。


その和尚様が、


「先日、久しぶりに映画に行ってきた。私はその映画に衣で行ってきた。」


とおっしゃるのです。驚いて聞いていると


「誰かが一生懸命に作った作品を見るときには、こちらも正装をするのが当然だ。もちろん講演なども同じだ。相手がスーツなどの正装で話をされるのであれば、こちらも正装で聞くのは当然だ。」


と言うのです。






講演会を聞くときなどは、どうしても


話をする人 対 聞く大勢の人達



という構図が出来上がってしまいます。


そして、自分が大勢の中の1人だと感じてしまうと「見る・聞く」ということが1対1で対面しているときよりもおろそかになってしまいます。


ついつい寝てしまったり、だらしない姿勢で話を聞いてしまいます。


もちろん失礼な行為ですが、同時に自分自身にとっても大きな損失です。


1対1で話をするよりも得るものが少なくなってしまうのです。





よく、仏教や禅の話しの中の「なりきる」という言葉が出てきます。




掃除をするならホウキになりきる。

トイレを磨くならトイレになりきる。

お経を唱えるならお経になりきる。



分かりそうで、分からない、大変難しい言葉です。


実践することはもっと難しいかもしれません。


しかし、その第1歩が「正装で映画を見に行く」だと思います。

映画を見るなら映画になりきる

いまいち、つかみきれない言葉です。

実践方法も思いつきません。


ですが、正装で映画を見に行くことはできます。
そうすることによって

映画 対 大勢

ではなく

映画 対 1人

という真剣な気持ちで映画に向き合うことができます。

この真剣に向き合うことこそが「なりきる」為の第1歩になります。


老師の
「映画に衣で行った」
という話しは、「なりきる」ことの大切さを教えてくれているように感じます。
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コメントの投稿

非公開コメント

我が身を振り返って、恥ずかしい気持ちです。
その通りですね。
全ては、自分の心の写鏡と言われますものね。
ありがとうございます。

コメントありがとうございます。

私自身も自分の戒めとしてこの記事を書かせていただきました。

あとは実践なのですが、なかなか思うようにはできていません・・・
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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