オンライン坐禅会での法話 子供向け なんで柿を干してるの?
臨済宗青年僧の会ではオンライン坐禅会を実施しています。私も時々ですが坐禅を担当させていただいています。
※オンライン坐禅会のホームページはこちらです。
その際に話した内容を備忘録として記しておこうと考えています。
オンライン坐禅会には一般の方向けの会と子供向けの会があります。
今回は子供向けの坐禅会で話したものです。
【なんで柿を干してるの?】
東光寺(静岡市清水区横砂)の境内には保育園があり、その保育園の畑に渋柿の木があります。
毎年のように渋柿がなるので、皮をむいて干し柿を作ります。

その様子を見ていた保育園児や通りがかった子供に
「なんで柿を干してるの?」
と聞かれることが多くあります。
時間がない時には「甘くするためだと」と答えて終わりですが、時間があるときには詳しく説明をします。
渋柿という名前からわかるように、この柿は「しぶい」のです。
収穫したものを、そのまま食べたことがありますが、口の中が渋くて辛くなります。
この渋柿を干すことを「渋抜き」とも言います。

渋柿を食べてときに「渋い」と感じるのはタンニンと呼ばれる物質が渋柿には多く含まれているためです。
タンニンはお茶にも含まれており、適量を体の中にいれることはまったく問題はありませんが、食べづらいので渋抜きをするのです。
渋抜きと聞くと、渋を外に抜くように感じるかもしれません。

しかし、実際に渋が柿の外に出ていくわけではありません。

渋柿の中には「渋」と「甘味」の両方が入っています。渋を外に出せば甘味だけを感じるようになりそうですが、そうではありません。
渋の成分であるタンニンを変化させるのです。
もともと渋柿のタンニンは水に溶けやすい性質があります。そのため、口の中に入れるとタンニンが唾液に溶け出して渋く感じるのです。
しかし、渋柿のタンニンは干されることで水に溶けにくい性質へと変化をします。
すると、渋さを感じることがなくなるので、もともと渋柿に入っていた甘味を感じることができるようになるのです。

このことは私達の心の中で同じようなことが起こっているように感じます。
私達の頭の中には「幸せ・ありがたい」と「悩む・苦しむ・煩悩」など多くのものも共存しています。
と言うことは、幸せになるためには「悩む・苦しむ・煩悩」を排除しなくてはいけないように感じます。
しかし、そうではないのです。
渋柿のタンニンが性質を変えることで柿の中に存在するにも関わらず、甘味を感じることができるようになるのと同様に、
悩み・苦しみ・煩悩を排除することなくそのままに、幸せを感じることができるのです。
渋柿のタンニンを変化させるのと同様に
私達の中にある「悩み・苦しみ・煩悩」を、そっと置いておくことが坐禅であり、その状態になることの尊さを仏教は説いています。
無理に取り出そうとするのではなくて、「悩み・苦しみ・煩悩」をそっと置いておくことができたとき、私達の心にもともとある尊い心をはっきりと見ることができること、干してある柿を見るたびに思い出してくれればうれしいです。
※オンライン坐禅会のホームページはこちらです。
その際に話した内容を備忘録として記しておこうと考えています。
オンライン坐禅会には一般の方向けの会と子供向けの会があります。
今回は子供向けの坐禅会で話したものです。
【なんで柿を干してるの?】
東光寺(静岡市清水区横砂)の境内には保育園があり、その保育園の畑に渋柿の木があります。
毎年のように渋柿がなるので、皮をむいて干し柿を作ります。

その様子を見ていた保育園児や通りがかった子供に
「なんで柿を干してるの?」
と聞かれることが多くあります。
時間がない時には「甘くするためだと」と答えて終わりですが、時間があるときには詳しく説明をします。
渋柿という名前からわかるように、この柿は「しぶい」のです。
収穫したものを、そのまま食べたことがありますが、口の中が渋くて辛くなります。
この渋柿を干すことを「渋抜き」とも言います。

渋柿を食べてときに「渋い」と感じるのはタンニンと呼ばれる物質が渋柿には多く含まれているためです。
タンニンはお茶にも含まれており、適量を体の中にいれることはまったく問題はありませんが、食べづらいので渋抜きをするのです。
渋抜きと聞くと、渋を外に抜くように感じるかもしれません。

しかし、実際に渋が柿の外に出ていくわけではありません。

渋柿の中には「渋」と「甘味」の両方が入っています。渋を外に出せば甘味だけを感じるようになりそうですが、そうではありません。
渋の成分であるタンニンを変化させるのです。
もともと渋柿のタンニンは水に溶けやすい性質があります。そのため、口の中に入れるとタンニンが唾液に溶け出して渋く感じるのです。
しかし、渋柿のタンニンは干されることで水に溶けにくい性質へと変化をします。
すると、渋さを感じることがなくなるので、もともと渋柿に入っていた甘味を感じることができるようになるのです。

このことは私達の心の中で同じようなことが起こっているように感じます。
私達の頭の中には「幸せ・ありがたい」と「悩む・苦しむ・煩悩」など多くのものも共存しています。
と言うことは、幸せになるためには「悩む・苦しむ・煩悩」を排除しなくてはいけないように感じます。
しかし、そうではないのです。
渋柿のタンニンが性質を変えることで柿の中に存在するにも関わらず、甘味を感じることができるようになるのと同様に、
悩み・苦しみ・煩悩を排除することなくそのままに、幸せを感じることができるのです。
渋柿のタンニンを変化させるのと同様に
私達の中にある「悩み・苦しみ・煩悩」を、そっと置いておくことが坐禅であり、その状態になることの尊さを仏教は説いています。
無理に取り出そうとするのではなくて、「悩み・苦しみ・煩悩」をそっと置いておくことができたとき、私達の心にもともとある尊い心をはっきりと見ることができること、干してある柿を見るたびに思い出してくれればうれしいです。
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