偽物は自然淘汰される時代がきた

30年程前のお坊さん用の専門誌「不二」を読んでいたら
この世は
市場のようなものだ
人が集まるのは
買うべきものがあるからだ
買うべきものがなければ
人は去っていく
社会に
必要なものだけが残るのだ
宗教だって例外じゃないぞ
偽物ばかり
売っておると
自然淘汰されるぞ
山田無文老師
という言葉を、岡山にある曹源寺の原田正道老師が紹介していました。
さらに文中で原田老師は
住職研修といった対外的な工夫(修行)は多いになされているが、自らの対内的な反省が問われていたにと思うのです。
と危惧されています。さらに、
今日の寺院経営が安定して崩れることは早急にないと思います。しかし対内的な自己の在り方に対して我々が答えることができなければ、これは当然一般社会人の目に写っている世界ですから、檀信徒の方々は「我々とどこが違うのだろう」という思いがあると思うのです。
と示されています。
お坊さんが偽物だと判断されれば自然淘汰される30年前に示してくださっていたのです。
当時は「早急にはない」とおっしゃっていますが、30年経ちました。
一般の方々がお坊さんを見る目は大きく変わり、衣を着ていればある程度のことは許された時代は終わりました。
自然淘汰される時代になったように感じます。
このことを示してくれたお坊さんは原田老師だけではありません。
情報化社会という名前のもと新しい情報だけを求めてしまいがちですが、2500年前のお釈迦様の教えや1000年以上前の達磨大師、臨済禅師、250年前の白隠禅師、そして近代の高僧まで、時間の概念を吹き飛ばすような教えは数多くあります。
過去の教えを今の私達がどのように生かしていくのかも、情報化社会を生き抜く力だと感じています。
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