思い出の般若心経をお唱えしたときに見えた光景

毎月の写経会に欠かさずに出席をしてくださっていた方が亡くなったと連絡を受けました。
用事があって参加できないときは別の日に御自宅で写経した写経用紙を納めに来てくれるほど熱心に写経をしてくださっていました。
納めた写経用紙は100巻を超えています。
その方の枕元で般若心経をお唱えしたき、その女性が写経会でお経をお唱えする姿や、凛とした姿勢で写経をする姿、写経会の後のお茶の席で楽しく話をしたことなどが次々に思い出しました。
様々な光景が私の頭の中を駆け巡りました。
どの光景も美しくもあり、ありがたいと感じるものでもありました。
そして同時に、この気持ちを忘れてはいけないとも感じました。
「亡き人の 美しい心を 受け継ぐことが 供養である」
という言葉があります。
思い出深い般若心経をお唱えしたときに、“美しくありがたい”と感じた姿を忘れずに、自分もその姿に近づこうと努力を続けることが「美しい心を受け継ぐこと」であり、供養だと感じました。
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