坐禅は特別なもの!?

一般の方に
「坐禅ってお坊さんになるための特別な修行でしょ。なんで一般の人が修行である坐禅をするのか分からない」
と言われることがあります。
確かに、禅宗の僧侶になるためには坐禅は大切な修行です。
テレビなどでたくさんの修行僧が静かに坐り続けたり、警策で叩かれている姿を見ると「特別な修行」と感じるかもしれません。
しかし、僧侶になりたい人だけに許さる特別な修行かと聞かれれば、「違います」と答えます。
坐禅は決して特別な修行ではありません。
“生活信条”という臨済宗妙心寺派で僧侶はもちろん檀信徒の皆様方が日々の生活を送る中で意識すべきことを説いた言葉に
一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう
とあります。
「一日一度は静かに坐る」とは坐禅のことです。
「一日一度は静かに坐る」と言われると、自分でも出来そうだと感じますし、「坐禅は特別な修行ではない」と実感してもらえると考えています。
日本の卓球界で大活躍(日本代表選手・男子日本代表監督・日本卓球協会強化本部長・JOCエリートアカデミー総監督などを歴任)をされている宮崎義仁氏がTwitterで
卓球選手及び指導者の皆さんへ
一流選手は特別な練習を毎日していると思っている方も多いと思いますが、実際は毎日基本練習を中心に行っています。但し、ボールの質が高いし、動きも速いので、知らない人が見たら特別な練習をしているように見えるかもしれませんね。
と発言されていました。
さらに、この発言に対して 「同じ練習なのに、なぜ一般の選手と大きな差が生まれるのですか?」と聞かれると
集中力か一番違うと思います。一つのボールに人生をかけて打てるか?一流になった方々は人生をかけて一球一球打ってきていると言うことです。
と返されていました。
この通りだと感じます。
坐禅も特別な修行ではありません。
誰にでも出来ることです。
しかし、1回の坐禅、1回の呼吸に人生をかけて取り組めるか、「この1回の坐禅が終わったら、この坐禅の最中に死んでしまうかもしれない」という覚悟、「この一息を吐ききった死んでしまうかもしれない」という覚悟で取り組めば、その坐禅が特別で尊い時間になるのです。
- 関連記事