絵葉書法話 50 【親が拝めば】

大切なこと
子供に折り紙を教えるとき、どんなに言葉で伝えても折れるようにはならない。
しかし、一緒に折ったり降り方を見せれば言葉を使わなくても自然と折ることができるようになる。
親が拝めば 子も拝む 拝む姿の 美しさ
般若心経の中に即説呪曰【そくせつしゅわつ】という一節があります。
大切な真言を唱えることを示す言葉です。
真言とは多く神々に対する呼び掛け,祈願の句であるが,この句それ自体に神聖な力が宿っていると考えられている言葉であり、古代インドから使われていた祈りの言葉です。
そして、真言はインドから中国そして日本へと伝わっていく過程で各国の言葉に訳されることはなかった言葉です。
その内容をあえて翻訳しなかったのは、音そのものが神秘的な力が備わっており、それが訳されることによって力が失われるとも考えられていました。
意味などにとらわれることなく、大切なことを伝えてくれているのが「真言」なのです。
般若心経の最後の部分はこの“真言”が書かれており、即説呪曰【そくせつしゅわつ】と「これから真言を示す」と教える言葉があるのです。
意味にとらわれることなく大切なことが伝わることを示している有名な句があります。それが、
親が拝めば 子も拝む 拝む姿の 美しさ
です。論理や意味を伝えなくても親の姿が子供に自然と伝わることが感じられる句です。
絵葉書の写真も蓮の花を折り紙で作ったものです。
何枚もの折り紙を組み合わせて作りますが、子供に教えるときに
「折り紙のこの部分が花のこの部分になりますから、このように折りましょう」
と言いながら折っても子供達は上手にできません。
そんなことよりも、ただ折り方を見せて教え過ぎずに子供が自分で折れるようになるまで待つことができれば、折り方を子供自身が身に付けることができるのです。
これも、意味にとらわれることなく大切なことが伝わることを示しているように感じます。
教え過ぎないからこそ 伝わることがあることも般若心経は教えてくれているように感じます。

即説呪曰【そくせつしゅわつ】
「すなわち呪に説いて言うには」を意味する。 これから大切な真言を唱えることを示す一句。
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