絵葉書法話 65 合掌の心【がっしょうのこころ】

合掌をした あなたが 仏様
仏教では自分自身こそが仏だと説く
私が仏で、あなたも仏。
そう言われても・・・
実感することはなかなかできない。
しかし仏の姿になることはできる。
それが合掌。
まず合掌することから始めてみる。
素直な気持ちで手を合わせている人を見て嫌な気持ちになることはない
合掌をしながら相手を攻撃することは難しい
目の前で大切な人が亡くなったとき、人は自然と合掌をする
食事の前に合掌する
相手が合掌をすると、こちらも自然と合掌をする
様々な経験を通して私達は合掌をすると心が落ち着くことを知っている。
なぜだろう。
私達の中には仏の心がある。同時に煩悩もある。
煩悩だけを消し去ることはできない。
仏の心だけを増やすこともできない。
煩悩だけ、仏だけを独立させることもできない。
ただし、ひとつになることはできる。
右手と左手を合わせてひとつになるように、仏と煩悩がぴったりとひとつになる。
私達は合掌をする姿に、仏様を見ている。
だからこそ合掌をすることで心が落ち着くのではないでしょうか。

合掌の心【がっしょうのこころ】
右仏 左衆生と 拝む手の 中ぞゆかしき 南無の一声
手を合わせると、すでに頂いて私達の中にある仏の心と一つになり、敬いの心である「南無」という気持ちが自然に湧いてくるものです。
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