絵葉書法話 67 光陰可惜【光陰惜しむべし】

光陰惜しむべし、時人を待たず
幼い頃は夕日を見て悲しい気持ちにならなかったが、今は少しさみしい気持ちになる。
1日が終わることに気がつくと、自分に残された時間も1日短くなったことを実感するからだろう。
しかし残された時間を実感できることは“今を生きる”ことに直結している。
幼い頃、8月31日を迎えることは恐怖でした。
手つかずの宿題の山を目の前に、1ヶ月以上遊び続けた自分を恨むしかありません。
しかし、自分で自分を褒めるとするならばこの日の集中力はすごかったと思います。
なんだかんだ言っても宿題を終わらせ提出をしていました。
逆に考えれば、平等に与えられた夏休みという時間を毎日が8月31日のような気持で過ごしていれば、もっともっと成長できていたはずです。
過ぎ去った時間を悔やんでも帰ってきません。
自分に残された時間が少ないことを実感したとき、
「悔やむ時間がもったいない。それよりも、自分が集中して実践できたことを一過性のものとせずに少しでも継続していくことが大切だ。」
という言葉を思い出します。

光陰可惜【光陰惜しむべし】 臨済録
時間が過ぎ去っていくことを惜しまなければならない。一瞬たりとも無駄に過ごしてはならないという戒めの言葉。
禅の道場では時間を告げるために打ち鳴らす板に「光陰可惜時不待人」光陰惜しむべし、時人を待たず と書かれている。
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