近道なんてない

初めて臨済宗妙心寺はの生活信条
一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう
という言葉と出会ったとき、「なんてわかりやすい教えなんだ!」と、具体的に私達が何をしたら良いのか明確に書かれていて感動したことを覚えています。
しかし、最近は
一日一度は・・・
の“は”という一文字に この教えの深さを感じることが多くあります。“は”がなくて
一日一度 静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう
でも十分に意味は伝わります。しかし“は”が入っているのです。
この“は”には“できるだけ”とい意味があります。
ですから、“一日一度は・・・”は
「できるだけ 1日に1度は 心を調える時間を持ちましょう」
と言い換えることができるのです。
毎日の積み重ねが大切なことは誰もが知っています。
でも、ついつい 後回しにしたり、逃げてしまうこともあります。
先日、卓球選手の水谷隼さんが
「どうやったら卓球強くなりますか?この技術はどうやったら上手くなりますか?◯◯はどうやったらできるようになりますか?」って人生で1番質問されている俺の嫌いなワードですから答えます。
「1万時間練習してから質問しに来てください」
近道なんてない
と発言をされていました。この「近道なんてない」という発言と“一日一度は・・・”の“は”は
まったく同じことを伝えてくれています。
卓球が上手くなりたければ まず練習をします。
同様に自分自身の心を調えたいと感じたならば、先ずは坐ってみたり、良い習慣を受け継ぐことからしか始まらないのです。