顔の濃い私が 見知らぬ外国の方に ハーイと声をかけられた話し

「ハーイ!!」
宿泊するホテルの前で外国人旅行客に突然声をかけられました。
私に言っているのか?? 疑問と驚きが交錯しとっさに返事をすることができず、あれこれと考えてから
「ハーイ・・・」
と小さな声で返事をしました。
東光寺(静岡市清水区横砂)の御本山は京都にある妙心寺です。
そのため時々、京都へ行くことがあります。
現在、京都には本当に多くの外国人観光客が来てくれています。
この日、私が泊まろうとしていた宿は“ゲストハウス”とも“ホテル”とも表示される独特の宿でした。
宿に到着してみると、私以外に日本の人はいないのではないかと思うほど外国の方が大勢いました。
そこに、顔の濃い私がいる。
つまり「宿泊客の全員が外国の方」という状況が完成したのかもしれません・・・
そして、このときに「ハーイ事件」が発生したのです。
とっさに返事ができない自分を目の当たりにして 本当に情けない気持ちになりました。
挨拶(あいさつ)という禅語があります。
毎日私達がしている”挨拶”も実は、禅宗の言葉・禅語が由来となっています。
辞書で「挨拶」を調べてみると
「人に会ったときや別れるときなどに取り交わす礼にかなった動作や言葉」
とあります。
しかし「挨拶」を「挨」と「拶」の二つの漢字に分解し、それぞれの意味を調べると
「挨」は積極的に前に進むこと
「拶」は相手に切り込んでいく
という意味です。
この二つの漢字を合わせ、禅宗では修行僧が切磋琢磨して修行に励むことをさしていました。それが変化し、相手に問答を仕掛ける禅問答を挨拶と呼ぶようになりました。
そして、この禅問答では「間髪を入れずに答える」ことが大切にされています。
自分の経験や知識に頼り、あれこれと考えるのではなく 間髪を入れずに本心から出てくる言葉にこそ本当の心がにじみ出てくると考えられています。
「間」が空けば あれこれと考え、その中に妄想・執着が入り込んできてしまうのです。
では、「ハーイ!」と声をかけられた私は何を考えたのでしょう・・・
よくよくその時のことを思い返してみると
せっかくに日本に来てくれているのだから、日本に良い印象を持ってもらいたい。返事をしなくては!
と考えると同時に
「ハーイ」と返事が出来たらかっこいいかも!?
そんなことも考えながら返事をしていたのです。
ほんの少しに「間」が開いただけで自分を良く見せたいという心が出てしまっていたのです。
良く見せるのではなく、良い行動を習慣にしていれば自然体で過ごすことで、誰もが認める良い人になれるのに、そういった努力をすっとばしてその場しのぎの行動で自分を良く見せたいという情けない心が出てしまったのです。
挨拶の本来の意味を考えれば、「ハーイ!」と言われたら、なにも考えず「ハーイ!」と返せばよいはずです・・・
しかし私にはそれができなかった。
しっかりと挨拶ができる人になるためにも普段の自分の挨拶と向き合うだけでなく、「ハーイ!」と言われたら笑顔で「ハーイ!」と返していこうと心に誓いました。
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