坐禅は罰ゲームなのか?
坐禅と聞いてどのようなイメージを持つでしょうか?
・足が痛い
・修行
・姿勢を良くする
・集中力が増す
様々なイメージがあると思います。
私自身は幼い頃「足が痛くなるのを我慢する罰ゲーム」と思っていました。
しかし、坐禅のことを少しずつ学んでみると決して「罰」ではないと考えるようになりました。
臨済宗妙心寺派の生活信条に
一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう
とあります。この、“静かに坐って 身と呼吸と心を調える”というのが坐禅です。

ですから、小学生達がお寺で1日を過ごして様々な体験をする東光寺(静岡市清水区横砂)の寺子屋体験でも積極的に坐禅をしていますし、
※寺子屋体験についてはこちらをご覧ください。
「足が痛いかもしれませんが坐禅は決して罰ゲームではありません。姿勢よく坐ることはとっても大切なことです!」
と説明もしてきました。それに応えて子供達も一生懸命坐っています。
しかし、子供達と1日を共に過ごすとき どうしても彼らを注意しなくてはいけません。始めの内は緊張しておとなしいのですが、慣れてくると彼らは活発になってきます。
ウロウロする
↓
色々な扉を開けたくなる
↓
仲良くなった相手とじゃれる
↓
仲間を見つけて鬼ごっこを始める
・
・
・
もちろん、叱ります。
私はこれまで「坐禅は罰ではない」と言ってきましたので、叱ったときに「罰として坐禅しろ」とは言いませんでした。
しかし、ある参加者の一言で考え方を改めました。
寺子屋体験の休み時間にザワザワ(騒いではいないが、そろそろ注意しないと騒ぐ人が出てきそうな雰囲気)している参加者に私が大きな声で注意をしようとしているとき、
「みんなは 心が乱れているね!」
と小学校低学年の女の子が私に言ったのです。
この言葉を聞いたとき、大切なことに気づかされました。
心が乱れているときに、心を落ち着かせる方法は様々です。そしてお寺には坐禅がある。
叱った後に坐禅をするように言えば子供達は「罰」と受け止めるかもしれません。しかし、そのことが子供達の為になると信じて
「乱れた心を調える方法として坐禅がある」
ということを体験してもらうことも寺子屋の大切な部分です。
これからの寺子屋体験では事前に“坐禅は罰ではない”ということをしっかりと伝えながらも、必要に応じて坐禅の回数や時間を調節していきたいと思います。
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