線香の炎は自然と治まる姿を見て学んだこと

人の命は線香に例えられることがあります。
少しずつ 自分を燃やし、最後には消えてなくなる。
しかし、消えてなくなっても香りは残ります。
人もやがて亡くなり、姿形は無くなります。
しかし、その人が生きた証は様々な形で残ります。
身近な「線香」から学ぶことは多くありそうです。
以前「お線香の点火方法」という記事を書いたことがあります。
※記事はこちらです。

線香は点火をしたとき炎が出てしまっても、

やがて炎は落ち着いていきます。
同様に人の心に欲望の炎が燃え上がってしまっても、やがて私達の心は落ち着いてきます。
しかし、線香のように、ただ待っているだけでは、なかなか心が落ち着かないこともあります。
臨済宗妙心寺派の生活信条に
一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう
とあります。
心に欲望の炎が燃え上がってしまったとき、静かに坐ることで心が落ち着きます。
線香も炎が上がった状態では、線香が持って生まれた力を出し切ることができません。
同様に、人も欲望の炎に振り回されてしまえば 自分自身が持って生まれた力を出し切ることができないのではないでしょうか。
静かに坐って心を調えることで 私達が持って生まれた力を出し切ることができることを「線香」に教えていただいた気がします。
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