生きている姿を知る

先日、東光寺(静岡市清水区横砂)の境内にある袖師保育園で行われた「お魚教室」に記録係として参加させていただきました。
いつもお世話になっている近所の魚屋さんが、園児達の前で様々な魚の説明をしたり、実際にさばくところを見せてくれるのです。
大きなカツオが出てきたり、タコが出てくると園児達は大喜びです。

そんなとき、アサリを見せているとき一人の園児が
「あ、この貝はパカッて開いてないね、なんで?」
と言ったのです。
彼にとって普段見ているアサリ(貝)は料理されて口が開いている状態なのです。
見慣れない口を閉じた貝に驚いているようでした。
生きている貝の姿を知らないために、本来の貝に違和感を感じてしまったようです。
しかし、これは何も珍しいことではないように感じます。
現在「宗教」という言葉は一般的には
なんだか怖いもの
あやしいもの
科学的でないもの
というイメージを持ってしまっている方が少なくありません。しかし、有名な物理学者のアインシュタインは
科学なき宗教は盲目であり、宗教なき科学は不具である
という言葉を残しています。「宗教は科学的でない」という印象とは正反対の意見です。
また、「宗教」とは無垢な気持ちで信頼し崇拝する心を示した言葉ですので決して怖いものでも怪しいものでもありません。
生きている貝の姿を知らないために、本来の貝に違和感を感じてしまう子供と同じ感覚を我々大人も持っていることを示しているように感じます。
初めて閉じている貝を見た園児も
「貝はこのような姿をしているんだよ。」
と先生に言われると
「はい!」
と、無垢な気持ちで先生の言葉を信頼していました。
この素直な「はい!」という言葉も大切だと感じました。
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