家族葬について

私は個人的に「家族葬」とは、家族がお客様になって座っていることではなく、家族が参列者を迎えて一緒にお参りすることだと信じています。
世間では「家族葬」という言葉が浸透してきています。
個人的な意見ですが、本当は昔からの行われてきた葬儀こそが家族葬だと思っています。
東光寺(静岡市清水区横砂)は臨済宗(禅宗)のお寺です。
東光寺では葬儀の際に
葬儀はお別れの儀式でもあり、授戒【じゅかい】の儀式です。
と説明をさせていただいています。
授戒とは仏教徒になるための儀式であり、「戒」とはそのための約束事です。
戒を受け、頂く名前が「戒名」です。
そして、これらの儀式の際には花、果物、お菓子、お膳など様々なお供え物がされますが、葬儀に参列してくださった方々の真心も大切なお供え物です。
このように様々なお供え物を見返りの心を持たずにお供えすることこそが、仏教の大切な修行のひとつである「布施行(見返りを求めず誰かの為にできる限りのことをすること)」なのです。
そして、葬儀には「施主【せしゅ】」がおり、
施主は、施しをなす主(あるじ)のことを示す言葉です。
つまり、自ら費用を出して葬儀を開き、参列者のお参りを助けるのが施主の役割なのです。
亡くなった方の方を想い、お参りに来て下さる方をお迎えし、その方々の布施行を助けるのが施主であり、その施主を様々な形で支えるのが家族なのです。
お寺のどの法要も私達が幸せに生きていく方法を知るための修行です。
つまり、「家族葬」とは亡くなった方の家族がお参りをしながらも、家族が参列者を迎えて一緒にお参りすることで、参列してくださった故人と縁のある人々と共にこれからもしっかりと生きていくことを誓う儀式だと信じています。