寺院や神社の近所で育つと「幸せ」感じる!!

先日、ニュースで
寺院や神社の近所で育つと「幸せ」感じる
という論文が紹介されていました。さっそくその論文を読んでみました。
大阪大学の教授で行動経済学の大竹文雄氏の論文によりますと、
統計学の計算手法を用い、約1万人にもおよぶアンケート結果を分析したところ子供の頃に寺院や神社が近所にある地域で育った人は、そうでない人に比べて大人になってから3割以上幸せを感じて生活ができているとのことでした。
さらに、幸福を感じるだけでなく健康的な生活を送ることができるという結果も出ていました。
この論文には興味深い記述が多くありました。
例えば仏像やお地蔵さんが身近にあると,人々は神様や人から見られている感覚をもつそうです。
そして、人から見られている感覚をもつと,人々は利他的、つまり誰かの為になるような行動をとったり,正直な行動をとる傾向があることが心理学の実験で確認されています。
また、近所にお寺やお地蔵様があるところで育つと幸せを感じるのですが、家庭内に仏壇があったり神棚がある家で育っても同じように、大人になってから幸せを感じながら生活を送ることができるそうです。

ただし、この結果は「記憶」が大事な要素になってきます。実際に近所にお寺があるかないかとう物質的なことが大切なのではなく、お寺が近所にあることが記憶にあることが大切なのです。自分が通った道にお寺があったり、遊びに行く場所にお地蔵様があるなど記憶にある人は、将来的に幸せに暮らしていくことができるそうなのです。
と、いうことは実際にお寺が隣にあっても、そのお寺の存在に気が付かないなど、近くにお寺やお地蔵様があったことを記憶するだけの関りがないといけないということです。
大竹氏は 論文をまとめて
「神仏や他人に見られている感覚を持つことで正直になり、人間関係が良好になるから幸福度が高まる」
とおっしゃっていました。

誰かに見られているという感覚はとても大切です。
しかし、残念ながら私達は四六時中誰かと一緒にいるわけにいかないように感じるかもしれません。でも誰かに見られていた方が良い。どうしたらの良いのでしょうか。
その答えが、御詠歌のひとつで、「みほとけは」という御詠歌の歌詞にあります。
みほとけは
どこにおわすと
たずぬるに
たずぬるひとの
むねのあたりに
とあるのです。
だれに見られているのか、見守られているのかと言えば、自分自身がしっかりと自分を見守っているのです。
見守ってくださる仏様が私達には生まれたときら備わっているのです。
そのことを実感させてくれているのが「お寺」であり「お地蔵様」なのではないでしょうか。
お寺や家庭で仏壇の前で手を合わせることで、自分自身の仏様を実感することができる。
だからこそ、誰かに見られている、見守られていると感じ、誰かの為になるような行動をとったり,正直な行動をとる心を忘れずに生活することができ、幸せに暮らしていくことができるのではないでしょうか。
- 関連記事
-
- 喫茶店で仏教体験 開催案内 【14回・15回】 (2017/06/28)
- 次回【27回】 いちえの会 開催決定・申し込み受付開始のお知らせ (2017/06/27)
- 寺院や神社の近所で育つと「幸せ」感じる!! (2017/05/31)
- 次回【26回】 いちえの会 開催決定・申し込み受付開始のお知らせ (2017/05/16)
- 第13回友引喫茶 開催報告 (2017/05/13)