子供に坐禅会で話したこと 第126番
東光寺(静岡市清水区横砂)の子供坐禅会では毎回お寺や仏教に関係する話しをしています。
そして、話の内容にあった「仏教豆知識シール」を参加者に配布しています。
自分自身の備忘録も兼ねて紹介させていただきたいと考えています・・・・

仏教豆知識シール 第126番 題名 【直に自性を証すれば】
これは、「白隠禅師坐禅和讃【 はくいんぜんじ ざぜんわさん 】」のお話です。
坐禅和讃は
衆生本来仏なり 【 しゅじょう ほんらい ほとけなり 】
といって、
「みんな、仏様のような美しい、尊い心を産まれたときからもっています。」
と始まるお経です。
その中に、
直に自性を証すれば 【 じきに じしょうを しょうすれば 】
自性即ち無性にて 【 じしょうすなわち むしょうにて 】
已に戯論を離れたり 【 すでに けろんを はなれたり 】
という部分を紹介します。
この部分は
本来の自分を感じとることができれば、生死や男女などの区別なく、すでに愛着や煩悩から離れているのです
と、書いてあります。
お経や禅の言葉などで「無」という漢字を見ることが多くあると思います。
このようなとき「無」は「無い」と感じてしまうこともありますが、「無い」では意味が変わってきてしまいます。
「無い」ではなく、「こだわらない」、「かたよらない」と捉えるほうが良いのです。
「自性」 とは 今の言葉で言えば「本来の自分」と訳すことができる言葉であり、坐禅和讃では
本来の自分 とは 「無性」 であり、
「無」は「無い」ではありませんので「無性」も「無い」ではありませんので
自分、自分、自分 と 「自分」に惑わされるのではなく、自分と他人と言う区別さえ無いことを体感した時、
自分と言うものは限りなく広い世界に生かされている、全てのものに生かされているのだから差別や区別などできるはずがない。
と気付くことができると、と説いています。

僧侶が身につける服を袈裟(けさ)と言います。袈裟を簡略化したものが絡子(らくす)です。
もともと袈裟は使い道が無くなり捨てられたぼろ布を拾い集め作った身を覆う布で、どんな物でもこだわることなく、最後まで大切に使うことを教えてくれています。

そのため、僧侶が使っている袈裟や絡子は区別・差別から離れる修行の象徴とも言われていますので、仏教豆知識シールには分かりやすい絡子を身につけた「こまめ」を登場させました。
そして、話の内容にあった「仏教豆知識シール」を参加者に配布しています。
自分自身の備忘録も兼ねて紹介させていただきたいと考えています・・・・

仏教豆知識シール 第126番 題名 【直に自性を証すれば】
これは、「白隠禅師坐禅和讃【 はくいんぜんじ ざぜんわさん 】」のお話です。
坐禅和讃は
衆生本来仏なり 【 しゅじょう ほんらい ほとけなり 】
といって、
「みんな、仏様のような美しい、尊い心を産まれたときからもっています。」
と始まるお経です。
その中に、
直に自性を証すれば 【 じきに じしょうを しょうすれば 】
自性即ち無性にて 【 じしょうすなわち むしょうにて 】
已に戯論を離れたり 【 すでに けろんを はなれたり 】
という部分を紹介します。
この部分は
本来の自分を感じとることができれば、生死や男女などの区別なく、すでに愛着や煩悩から離れているのです
と、書いてあります。
お経や禅の言葉などで「無」という漢字を見ることが多くあると思います。
このようなとき「無」は「無い」と感じてしまうこともありますが、「無い」では意味が変わってきてしまいます。
「無い」ではなく、「こだわらない」、「かたよらない」と捉えるほうが良いのです。
「自性」 とは 今の言葉で言えば「本来の自分」と訳すことができる言葉であり、坐禅和讃では
本来の自分 とは 「無性」 であり、
「無」は「無い」ではありませんので「無性」も「無い」ではありませんので
自分、自分、自分 と 「自分」に惑わされるのではなく、自分と他人と言う区別さえ無いことを体感した時、
自分と言うものは限りなく広い世界に生かされている、全てのものに生かされているのだから差別や区別などできるはずがない。
と気付くことができると、と説いています。

僧侶が身につける服を袈裟(けさ)と言います。袈裟を簡略化したものが絡子(らくす)です。
もともと袈裟は使い道が無くなり捨てられたぼろ布を拾い集め作った身を覆う布で、どんな物でもこだわることなく、最後まで大切に使うことを教えてくれています。

そのため、僧侶が使っている袈裟や絡子は区別・差別から離れる修行の象徴とも言われていますので、仏教豆知識シールには分かりやすい絡子を身につけた「こまめ」を登場させました。
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