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新しいことも大切にするから温故知新

600臨済宗衲覩29211010




50年程前に発刊され本を探していました。

数年前に手に入れたいと思って探したのですが・・・

専門書ですし、発行部数は少なくなかなか見つかりませでした。



「困ったときのインターネット」

と、インターネットでも探しましたが見つかりませんでした。

持っている人に借りて全ページをコピーしようとも考えましたが、それも実現しませんでした。





月日が流れ、先日久しぶりにインターネットで検索をしたところ・・・・


発見することができました!!!


数年前にはなかった、システムが稼働していたため見つけることができました!


技術が進化することで古い本が見つかったのです。

そして、この本を読むことで、昔から伝わっている非常に多くの教えを学ぶことができました!







御存じの通り「温故知新」という言葉があります。


昔の知識を勉強すると、新しい知識の発見につながることを意味しています。





今回の場合は


新しい技術を手に入れることで、昔の知識を学ぶことができるのです。


新しい知識を使った温故知新なのかもしれません。


私はインターネットの新しいシステムがなければ、古くて尊い教えを学ぶことができませんでした。





新しいものだけが素晴らしいのではなく、


古いものだけが素晴らしいのでもありません。


”どちらかだけ”を大切にしたり否定をしてはいけないと感じる出来事でした。

オンライン坐禅会法話原稿 令和3年10月7日 仏教聖典 正しい人生論

なぜあの時、あの人は私を怒鳴ることができたのか。

仏教聖典を読んでいて少しわかった気がします・・・




600網目




このブログで「お坊さんになる“きっかけ” 【尊敬する僧侶との出会い編 その3】」という記事を書きました。


私が中学校の教員になって2年目に僧侶であった祖父が亡くなったときの話です。

※記事について興味のある奇特な方はこちらをご覧ください。



当時の私は大学院を卒業し教員として就職をしたいわゆる“一般人”でした。


その頃は、学生時代・教員時代ともにお寺から離れて生活をしていましたのでお寺の習慣やしきたりも知らない状態でした。


そこに、祖父が亡くなったとの連絡。


そして数日後、火葬場にて祖父は荼毘にふされました。


火葬場では1時間30分程の待ち時間があります。


広い部屋で待機をしていると久しぶりに会う親戚や地元の方が話しかけてきます。


その時に今まで話したことのない和尚様に声をかけられました。


「お孫さんだよね、今何をしているの?」


と聞かれたので、


「中学校の教員をしています。」


と答えました。すると、


「修行道場はどこへ行かれたのですか?」


と聞かれ、私は修行道場へは行かず就職をしていたので


「行っていません。卒業後、すぐに就職をしました。」


と答えました。その瞬間、かなり大きな声で



「そんなことじゃいかん!! あなたはすぐにでも修行に行かなければいけないんだ!! こんな所で何をしているんだ!!」



と叱られました。



こんなに真正面から叱れたのはいつ以来だろうかと思い出せないくらい怒鳴られたのです。


もちろん、この一言だけで私の僧侶としての歩みが始まったわけではありません。しかし、大きな影響を与えてくれたのは間違いないことです。




先日、ふとしたきっかけがあり、この出来事を思い出しました。


そして、仏教聖典の一文を読んだときに


なぜあの時、あの人は私を怒鳴ることができたのか。


少しだけわかった気がします・・・






仏教聖典の「正しい人生論」という項目に


人びとの苦しみには原因があり、人びとのさとりには道があるように、すべてのものは、みな縁(条件)によって生まれ、縁によって滅びる。

(中略)

この身も、この心も、縁によって成り立ち、縁によって変わるといわなければならない。

(中略)

網の目が、互いにつながりあって網を作っているように、すべてのものは、つながりあってできている。
一つの網の目が、それだけで網の目であると考えるならば、大きな誤りである。





という一文があります。「縁」について説かれています。



私は「縁と網の目」の関係を読んだときに、感じたことがあります。


「網」にも様々な種類がありますが、この一文を読んだときに私が考えた「網」は魚を捕まえる網です。


水の中に深く沈めてしまうと見にくい網ですが、水中から出せばはっきりと見ることができます。



網が突然現れたり、消えたりするはずはありませんが、私達は認識することができたり、できなかったりしてしまいます。

「縁」も同じだと思ったのです。



あの頃の私は「縁」がはっきりと見えていなかったのです。


自分の周囲にある、目に見える「縁」だけを大切にしていたのだと思います。


しかし、私を叱った和尚様は、私との「縁」も含めて様々な「縁」を水中から出してはっきりと見ることができる網のように感じることができていたのです。


私は見知らぬ人を叱ることはできませんが、よく知っている人なだが間違った行動をしていれば声を掛けます。


同じように、この和尚様にとって私は「よく知っている人」とも表現できる「縁のある人」だったのです。



私は全ての人を「縁のある人」と感じることができる状態にあった、この和尚様のように精進したいと今でも感じています。



水中にある網を見たいと思ったら、水中から引っ張り上げることも一つの方法です。


しかし、それだけではありません。


水面が静かになれば網を見ることができるかもしれません。




同じように自分自身の心を調えることで、心の水面が静かになれば多くの御縁を感じることができるのではないでしょうか。

枯れた彼岸花

600彼岸花の葉202109


お彼岸の1週間が終わるころ、庭先の彼岸花が枯れていました。


しかし、枯れた彼岸花の下から葉が生え始めています。


やがて、葉は茂って養分を作り出します。


その養分が送られた球根は膨らみ、やがて球根を分ける「分球」が起こります。





お彼岸が終わって


「終わった、終わった!!」


とホッとしている私に、彼岸花の小さな葉っぱが


「花が枯れたら終わりではない!!これからが大切だ!!」


と毎年教えてくれています。

切られた彼岸花

お彼岸の季節になりました。



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今年も彼岸花が境内に咲いています。





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東光寺(静岡市清水区横砂)の墓地の駐車場にも彼岸花が咲いています。



この駐車場の草刈りをしているときに気がつきました・・・・





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人工的な何かで彼岸花が切られていることに・・・


誰かが個人的に楽しむために花を切ったのかもしれません。


お墓にお供えするために切ったのかもしれません。






彼岸花は花が咲いても、実がなったり種ができたりしません。


ですから、種がどこからか飛んできて、自然に生えてくることはありません。


誰かが植えなければ花が咲くことも、増えることもありません。


東光寺の墓地を今の形に整備したのは比較的最近のことです。


そして、昔から彼岸花が咲いていた場所にお墓を作ったわけでもありません。


と、言うことはここに咲く彼岸花も初めは誰かが“布施の心”で植えてくれたものです。





お墓にお参りをする人々の目を楽しませるためかもしれません。


お墓に眠るご先祖様への思いから植えたのかもしれません。





どのような想いがあったか正確に分かりません。


しかし、その花を自分の為に切ると言うことは、仏教が大切にする、”誰かの為”、”みんなの為”という布施の心から離れてしまい、「自分勝手」や「自我」と表現される感情に支配されてしまっているように感じました・・・


その自我を捨てる為の「仏道修行強化週間」がお彼岸であり、この時期に咲くのが彼岸花です。


彼岸花を見かけたときには、今こそ仏道修行強化週間だと思い出していただければ幸いです。

お坊さんの研修会 見取り図

昨日の記事で、「実はお坊さんの世界にも研修会があります。」と研修会の紹介をさせていただきました。
※記事はこちらです。


今回の研究会はオンラインとオフライン(対面)の2つを同時に行う方法で開催をしました。


私は勝手にこの方法をハイブリット方式と呼んでいます・・・





この記事では、そのハイブリット方式の研修会の開催方法を少しだけ紹介させていただきます。


今回は2日間の開催中に4つの講座がありましたが、それぞれの講座開催時の見取り図はこのようになっています。


600住職学 会場図 オンライン機器配置図1

600住職学 会場図 オンライン機器配置図2

600住職学 会場図 オンライン機器配置図3



基本的にはオンライン坐禅会と同様に、パソコン1台とインターネットに接続する環境があればハイブリット方式の研修会も開催が可能です。


しかし、せっかくなら参加してくださった皆様に多くのことを感じて欲しいという思いがあり、いくつかの機材を準備しました。


一番多くの機材を用いたのは2日目の第3講座と第4講座です。


このシステムを用いればその他の講座も実践が可能なので、第3講座で使った機材と仕組みについて備忘録として、ここに記しておきます。




使用した機材は



パソコン3台

スクリーン2枚

プロジェクター2台

カメラ

音響機器(会場備え付け)

インターネット接続用のポケットWi-Fi






です。



配信に使用したのはオンライン会議用のzoom(ズーム)というソフトです。


第3講座・第4講座は講師の先生がオンラインで登壇をされました。





機材の使い方ですが、

パソコン①は配信用に使いました。

パソコン①をzoomのホストに設定し、本堂の様子を映した映像や音声をオンライン上に発信し、オンライン上の講師や参加者の音を受け取り会場に流す役割を果たしました。



ですから、会場の音響システムはパソコン①と接続し、マイクで話した内容が会場内に聞こえると同時にオンライン上でも音が流れるようにしました。



残りの2台のパソコンはスクリーンに映像を映すために使用しました。

両方のパソコンとも、参加者として(ホストや共同ホストではなく)zoomに接続し、その映像をスクリーンにプロジェクターを使って投影したのです。



1台は講師の先生の映像を大きく映し、もう1台はオンライン上で参加している参加者を映しました。


こうすることによって、



会場での参加者は講師の先生だけでなく、各地から参加している参加者と一緒に講義を受けているように感じることができます。

また、各地からオンラインで参加している方は、講師だけでなく会場の様子も見ながら講義を受けることができました。




さらに、上記とは別の場所にいる事務局員にも協力をしてもらい、講師との講座前後の打ち合わせはzoomのブレイクアウトルームという機能を使って、講義をしていただくミーティングルームの中に小部屋を作り、この小部屋で行いました。


会場での講義の場合に控室があって、そこで打ち合わせをするのと同じ事がオンライン上でもできたのです。




「インターネットとかオンラインはやったことがないし、難しそう。」


と思われがちですが、


「始めて見たら意外と簡単だった」


という声もよく聞きます。



今回の研修会でも80歳以上の方から20歳代の方まで幅広い年齢層の方が参加してくださっていました。


どこかで、知っている方や知っている団体が「オンライン〇〇」というものを始めたときには参加してみていはいかがでしょうか。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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