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下り坂と登り坂

一本の道を歩いてお参りに行きました。



お参りを終えて、先ほど来た道を帰っていると・・・



なかなか足が進みません・・・



思うように進まないのです・・・



行きは軽快に歩けたのに、帰り道は先ほどのように歩けないのです・・・



500P_20190813_131957.jpg




しばらくして、ようやく気がつくのです。

あ、この道は登り坂だ。






そして、ようやく気がつくのです。

行きは下り坂だったこと、坂の力を借りて軽快に歩いていたこと。
そして坂の力を借りているときには、力を借りていることに気がついていなかったことに・・・

ゆるやかな下り坂に気づかずに進む姿は、自分自身が生かされていることに気づかず感謝することなくダラダラと過ごしてしまう姿に似ている気がします。


登り坂を歩きながら反省をしました・・・

蜂に御用心!!

500墓と蜂5

墓地で蜂の巣を発見しました。


植え込みなどではありません。



500墓と蜂4




なんと、御線香を置く場所にハチの巣が!!






勝手ながら駆除をさせていただきました。


気がつかず御線香を入れれば、蜂は攻撃をされたと思い反撃をしてきます。


久しぶりのお墓参りの際はお気をつけください。

ホコリはいくら掃除をしても落ちてくる

8月6日の朝、衝撃的なものが本堂に落ちていました!!



500本堂のホコリ4

これです!!




これはホコリです!!



私にはこのホコリが何からできているのかが分かります。



寺子屋体験3日目の午後に1回だけ使ったあやとり用の紐からできたホコリです。



7月の終わりから8月の中旬まで東光寺(静岡市清水区横砂)では様々な行事が続きます。

・寺子屋体験
・子供坐禅会
・施餓鬼法要




7月31日の午後(寺子屋体験)に発生したホコリが1週間後に発見されたのです。


その間、寺子屋体験では参加者全員で本堂をゴミがひとつも残らないように掃除をし、寺子屋体験終了後にも全体を掃除しました。


その後も毎朝行われている子供坐禅会の前後に本堂は掃除機をかけており、


ホコリが発見される前日は施餓鬼法要の準備の為に多くの方々準備のためにお寺に集まりハタキをかけ、掃除機でゴミを吸い、雑巾で拭き掃除もしています・・・


つまり、この時期はいつもよりも回数も多く、そして丁寧に掃除をしているのです。


その分、多くの方が出入りをするのでホコリなどが発生しやすい環境かもしれません。


しかし、この日の朝に発見されたホコリは明らかに寺子屋体験のあやとりの紐のホコリです。







仏教では、毎日の掃除のように私達の心を調えなさいと説いています。


私はこの教えを

どんなに、大掃除をしても、丁寧に掃除をしたつもりでも、どこからともなくホコリは発生する。

と捉えていました。





しかし、数日前のホコリが何度も丁寧に掃除をしたはずの場所に落ちているのを見たとき、




坐禅をして心を調えたつもりでいるんじゃない! “坐禅ができた!”なんて考えている時点で心が調っていないんだ!!



と、指導していただいたことを思い出しました。



「坐禅をして心が調った」と感じた心がすでに慢心であり、調っていない心なのだ。

心が調っていれば そんなことすら感じない!





と指導していただいたのです。




どんなに掃除をしてもホコリは落ちてきます。完璧な掃除などありえない、だからこそ毎日掃除をする。


同様に、私のような未熟な者が完璧な坐禅などできるはずがない。でも心を調えたい。だったら毎日坐るしかないのです。



オレンジ色の特徴的なホコリに改めて教えてもらった気がします。

吐いて吸うのか、吸って吐くのか

臨済宗妙心寺派の僧侶であり、静岡市にある宝泰寺住職 藤原東演師の著書の中に

空気は読むものではない 吐いて吸うもの

という題名の本があります。 分かりやすい言葉で大切なことを伝えてくださっているように感じます。



500空気は読む





先日、妻が見ていたドラマでは

空気は読むものではない 吸って吐くもの

という言葉が出てきました。





同じ様な言葉ですが、順番が違います。



吐いてから吸うのか それとも  吸ってから吐くのか



違いがあるのでしょうか??

私は、吐いてから吸うべきだと思います。

先日、東光寺(静岡市清水区横砂)で行われた1日をかけてお寺の様々なことを体験する寺子屋体験を開催しました。





その際に、参加者(30人程)に指定した場所に座布団を片付けるように指示をしました。




結果は・・・





500グチャグチャ座布団


グチャグチャに詰め込まれていました。





たぶん、この姿は私達の心が悩んだり苦しんだりしているときの姿なのかもしれません。


様々な情報や出来事が次々に自分の中に入ってきて処理できない状態です。


グチャグチャの座布団を片付けるためには、まず外に座布団を出しました。そして、少しづつ丁寧に座布団を収納しました。





呼吸も心も同じなのではないでしょうか。


まずは、ごちゃごちゃしたもの、グチャグチャしたものを外に出す。


すると、本当に必要なものが中に入ってくるのです。





空気は読むものではない 吐いて吸うもの





「吐いて吸う」が、私は好きです。

施餓鬼 【せがき】 まとめ

施餓鬼という言葉を聞いたことがあるでしょうか?



昔から大切にされている行事ではあるのですが、知名度・認知度は残念ながら高くないように感じています。





東光寺(静岡市清水区横砂)でも毎年8月7日に施餓鬼法要を行っています。注意深く近くのお寺を見てみると“施餓鬼”の案内などがあるかもしれません。





施餓鬼とは、餓鬼【がき】に施す【ほどこす】と書きます。

餓鬼とは満足をすることを知らず、貪り続ける状態のことを言います。
餓鬼はどこか遠くにいる特別な妖怪ではありません。欲望に振り回される私たちの心の中にもいるのです。
「施」という字は見返りを求めない気持ちも表していますので、見返りを求めず餓鬼に洗米と言って洗ったお米やお水をお供えし供養すると同時に水一滴・お米一粒でも満足することができるはずの自分の心を見つめ直す法要が施餓鬼会なのです。




そんな施餓鬼について 複数の記事を書いたことがありましたので、ご紹介をさせていただきます。


※それぞれの題名や写真をクリックしていただければ記事へ移動します。






1.施餓鬼【せがき】とお盆
500施餓鬼 旗1807202

お盆と施餓鬼は同じような時期にやることも多いのですが、由来に違いがあります。
その違いと共通点について紹介しています。







2.なに そのお経!? 変じゃない? 【施餓鬼での開甘露門の唱え方】
500施餓鬼180718

施餓鬼法要では、あるお経を独特の読み方でお唱えします。
お経の本を見ながら聞いたり、一緒にお唱えしようとすると戸惑う方が多いかもしれませんが、独特な唱え方にも意味があります!!



3.山盛りのご飯のお供え物 【施餓鬼】
500施餓鬼棚1807192

施餓鬼法要の中心となるお供え物が飾られた台の中心には山盛りのご飯がお供えされています!!
なぜ、山盛りのご飯があるのでしょうか!?







4.あの旗にはなんて書いてあるんですか?? 
500施餓鬼 旗1807203

施餓鬼法要に参加すると、カラフルな旗に目がいくかもしれません・・・
しかし、ただ派手にしたくてカラフルな旗が飾られているわけではありません。
その理由とは・・・・








5.餓鬼の喉を広げる!
500餓鬼 こまめ

餓鬼は餓えに苦しみます。
なぜでしょうか?
理由のひとつ「喉がせまい」というのがあります。施餓鬼法要では餓鬼の喉を広げることができるのです。
しかし、これは餓鬼だけのことではありません。
私達が何かが足りないと苦しむ原因は、自分自身が大切なものを受け入れる体制ができていないことも示しています。私達の心の喉が餓鬼と同じように閉まっており、餓鬼を供養することで私達の喉を広げてくれいるように感じます。









6.寺嫁まめこのひとこと通信 VOL.9 【施餓鬼:せがき】
500まめこ通信09

施餓鬼を簡潔にマンガで紹介をしてくれています。






7.施餓鬼法要 開催報告
500施餓鬼0108073

実際に行われている施餓鬼法要の様子を紹介しています。







8.浜施餓鬼会(はませがきえ)
500浜施餓鬼1808162

東光寺のある横砂という町には海で亡くなった方を供養する“浜施餓鬼”という習慣も残っています。その様子を紹介しています。

【平成30年度】

【平成26年度】

【平成24年度】

人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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