FC2ブログ

今年もやります 竹ろうそく!!【平成30年】

今年もやります 竹ろうそく!!【平成30年】



東光寺(静岡市清水区横砂)の年末恒例行事になりつつある「竹ろうそく」





除夜の鐘 竹ろうそく チラシ 平成30年


今年も開催を決定しています!!



日時 平成30年12月31日 午後5時


場所 東光寺(静岡市清水区横砂本町20-31)




竹ろうそくが境内を照らし、幻想的な世界が浮かび上がります。


午後11時30分からは幻想的な光景の中で除夜の鐘を撞くこともできます。


※写真はこれまでの様子です。


5000竹ロウソクと除夜の鐘H27015


5000竹ロウソクと除夜の鐘H27009


5000竹ロウソクと除夜の鐘H27008




しかし、開催までの道のりは決して簡単なものではありません。


簡単に書きますと


作業1.山で竹を切るために山道の確保(夏の間に草が生えたい放題・・・)

作業2.山の中で竹を切ったり加工したりする場所の確保

作業3.竹を切る

作業4.山から降ろしやすい長さに切る

作業5.山から降ろす

作業6.加工

作業7.境内に並べる

作業8.点灯



といった作業を行います。



現在は作業1と作業2を同時進行で行っているところです。



12月に入り、いよいよ作業が本格的に進みます。



毎年、お手伝いしてくださる方を募集しています!



竹を切ってみたい人
子供を自然の中で遊ばせながら、筋トレを兼ねた作業をしてみたい人
草刈りが好きな人
竹の加工をしてみたい人
竹を並べた人
灯りを点けたい人
などなど・・・



短時間でも、長時間でも、時間も自由です。「やりたい!」と思える作業だけでも十分ですので、興味のある方は是非、このブログのコメント欄やFacebook【東光寺】でのメッセージ、または直接副住職までご一報ください!!

捨てる と 生かしきる その6 【徹底的な基礎基本】


これまで 捨てること と 生かしきること についていくつかの記事を書かせていただきました。

捨てる と 生かしきる その1 【鉄拳の話し】
捨てる と 生かしきる その2 【亡くなった方を生かしきる】
捨てる と 生かしきる その3 【落ちている木の棒】
捨てる と 生かしきる その4 【備え付けの家具】
捨てる と 生かしきる その5 【合掌の心】



興味のある方は是非御一読ください。
 





今回は 「正岡子規の俳句ができるまで」話です。





600子規記念博物館1811

先日、大変有難い御縁をいただき正岡子規の「子規記念博物館」へ行くことができました。






正岡子規は日本を代表する俳人です。

俳句や短歌など多方面で創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治時代を代表する文学者の一人です。

正岡子規は多くの句を残していますし、その味わい深い句を多くの先輩方(和尚様方)が仏教の教えを伝える際に引用をしています。






その影響で、私も正岡子規の句を勉強したいと感じるようになりました。






仏教では物事を「良いが悪い」、「価値がある、ない」、「正しい、間違っている」など2つに分けることを分別【ふんべつ】といって嫌います。

私は勝手に、多くの和尚様方に句が引用させる正岡子規は分別とは無縁の方で、多くのことを勉強して素晴らしい句を残してくださったと思っていました。






しかし、子規記念博物館を見ていたときに驚きの言葉を目にしました。




 子規は、自分が俳句に熱心になったのは「俳句分類」の作業だったと語っています。

 子規が「俳句分類」に着手したのは明治22年ごろのことでした。室町時代から江戸時代にかけての古俳句を季語、事物、形式によって分類したもので、およそ10年間にわたって続けられ、積み重ねられた原稿は背の高さをこえるほどでした。

  よい俳句を作り出すための見識を養い、俳句革新の大事業をなしとげるための大切な基盤となりました。







と書いてあったのです。


徹底的に分類という作業を繰り返すことで大切な基盤を子規は作ったのです。




「仏教で分別を嫌う」と聞くと私のような未熟者は、「分別をしてはいけない!」と思い込んでしまいます。

さらに、自分自身の経験やこれまでに「分別」をしてきたこと、「分類」をしてきたことまで否定してしまいそうになります。

過去の自分を捨てようとしてしまうのです。




しかし、正岡子規はそうではなかったのです。



俳句分類という過去を捨てることなく 生かしきったからこそ、多くの僧侶が感動し引用するほどに仏教の教えに通じる句(言葉)を残すことができたのだと思います。




「過去を捨てるのではなく、生かしきる」ことの大切さと、生かしきるための多くの努力をしていかなければならないことを子規記念博物館で感じることができました。

保育園児の成道会【じょうどうえ】 平成30年

600保育園児の成道会1812072






東光寺(静岡市清水区横砂)の境内にある袖師保育園の園児が成道会【じょうどうえ】のお参りに来てくれました。




12月8日は成道会【じょうどうえ】です。



人々の苦しみの原因に気づき、お悟り開くことを成道といいます。



成道会とは12月8日にお釈迦様がお悟りを開かれた事をお祝いする日です。







お釈迦様は、六年間行ってきた苦行を離れ、身体を癒し、菩提樹の木のもとで坐禅に入りました。そして一週間後の朝、東の空に輝く明けの明星をご覧になりお悟りを開かれたのです。




本来ならば12月8日に行う成道会ですが、今年は8日が土曜日の為、7日に行いました。




真剣にお参りをする園児の姿は本当に美しく感じます。







600保育園児の成道会181207




また、これまでに何度か紹介していますが、園児が歌う「成道会の歌」の歌詞が分かりやすいと毎年感じます。




 ♪♪ 東の空にお星さま
 
 ♪♪ キラキラきれいに光るとき

 ♪♪ みんなを良い子にするために

 ♪♪ お悟り開いたお釈迦様(おしゃかさま)

 ♪♪ 今日はめでたい成道会

 ♪♪ みんなで楽しく祝いましょう






今年も元気な声が本堂に響き渡りました。

捨てる と 生かしきる その5 【合掌の心】


これまで 捨てること と 生かしきること についていくつかの記事を書かせていただきました。



捨てる と 生かしきる その1 【鉄拳の話し】
捨てる と 生かしきる その2 【亡くなった方を生かしきる】
捨てる と 生かしきる その3 【落ちている木の棒】
捨てる と 生かしきる その4 【備え付けの家具】



興味のある方は是非御一読ください。







800写経会 絵葉書作成ファイル 65


合掌の心の表す言葉に



 右仏 左衆生と 拝む手の 中ぞゆかしき 南無の一声



というものがあります。



 手を合わせると、すでに頂いて私達の中にある仏の心と一つになり、敬いの心である「南無」という気持ちが自然に湧いてくるものです。



という意味です。




右仏 左凡夫  【みぎほとけ ひだりぼんぷ】



と書かれていることもありますが、どちらにしても




右手が仏 左手が煩悩や迷いがある私達を表しており、これを合わせることの大切さを教えてくれています。






この言葉を聞いて




右手は尊い仏様、左手は煩悩があるからダメな手だ。よし、左手を切り落としてしまえ!!




とはなりません。







どちらかだけを大切にするのではない。

どちらかだけを排除するのでも無い。

右手も左手もお互いが支えあう合掌の姿こそが尊いのです。





この合掌の姿そのものが、すべてを生かしきる姿なのだと思います。

衝撃的な勉強会でした


「ひきこもり」についての話しを聞かせていただき感じたこと その1






久しぶりにガツンとやられました。






800ひきこもりの勉強会









僧侶の勉強会で「ひきこもり」について学ばせていただき、私の未熟さを思い知らされました。





・・・恥ずかしい話ですが、「ひきこもり」になってしまう人は、その人の努力不足やなまけ心に原因があると思っていました。





講師の三村氏(NPO法人 静岡市ひきこもり地域支援センター)の話しを伺い、眼からうろこのかたまりがボロボロとこぼれていきました。

今後も、自分自身の勉強の為にこのブログで感じたことを紹介させていただきたいと考えていますが、特に印象に残った言葉は過適応【かてきおう】という言葉でした。






ひきこもりのきっかけとして


「思春期における周囲の環境への過剰に適応しようとする努力の破綻」


というものがあるとのことでした。





周囲に適応しよう、適用しようと努力を重ねたがうまくできなかったことが原因になることがあるとのことでした。





私はひきこもりの方が想像をはるかに超える努力をしていることに全く気がついていませんでした。


自分の経験や知識だけで「引きこもれるなんてうらやましい。努力が足りない!」などと考えていたのです。


自分の“ものさし”で他人を見ていたのです。


自分の“ものさし”ではなく、真剣に目の前にいるひきこもりの方と向き合い 相手そのものを見てきた講師の三村氏はなんの迷いもなく「彼はとても努力しているのです。」と話してくださいます。






自分の“ものさし”など何も役に立たないことを改めて実感させていただきました。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる