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絵葉書法話34 【無所得】

600写経会 絵葉書 34 無所得 空手にして来たり





空手にして、この世に来り、空手にして又帰る


私たちはもともと何も持たずにこの世に生まれ、そして生きる御縁が尽きれば何も持たずにあの世に帰っていく

絵葉書【34】無所得









しゃぼん玉が割れると中の空気は外の空気と一体となります。


しゃぼん玉の薄い膜によって中と外に区切られていましたが、膜が無くなれば外も中も関係ありません。


中の空気の方が尊い、外の空気の方が新鮮・・・

そんなことはありません。


中の空気も外の空気もまったく同じものなのです。





私達の“いのち”も同じです。


仏教では私達の“いのち”はそれぞれが単独で存在するのではなく、全てが繋がっていると説いています。


その大きな“いのち”を様々な言葉で表現をしますが、その中に「大いなるいのち」という言い方もあります。


私達は自分の“いのち”だと思っているものは大いなるいのちから飛び出した1滴の水のようなもので、やがては元の場所に戻っていきます。




これはしゃぼん玉の中の空気と同じではないでしょうか。


縁があってしゃぼん玉の中に入ったが、やがては元の場所に戻っていくのです。




まさに、

私たちはもともと何も持たずにこの世に生まれ、そして生きる御縁が尽きれば何も持たずにあの世に帰っていくことを表す


吾等もとより 空手にして、この世に来り、空手にして又帰る


の世界です。




はかなく割れるしゃぼん玉は「私達は何も持たずに生まれ、何も持たずに帰ってく。自分のものなど、何一つない。」と語り掛けます。


しかし、だからといって自分から膜を壊して割れるしゃぼん玉などありません。


その姿から、御縁に身を任せながらも精一杯にいのちを生かしきることの大切さを私達は学ばなくてはいけないのです。

絵葉書法話35【菩提薩埵】

640写経会 絵葉書 35 上求菩提下化衆生


上求菩提 下化衆生【じょうぐぼだい げけじゅじょう】


上に向かっては、永遠に無上の悟りを求め続け、
 同時に下に向かっては、つねに無限の衆生を救っていこうと誓う人を菩薩と言う。

絵葉書【35】菩提薩埵






東光寺(静岡市清水区横砂)の墓地で小さな子供に

「なんでここにいる仏さまは みんな形が違うの?」

と聞かれたことがあります。



確かに東光寺の墓地には多くの観音様が祀られており、様々な姿をされています。


そのときは

「ここにいらっしゃる仏様は観音様と言ってみんなを助けてくれる仏さまなんだよ。いろんな方法でみんなを助けてくれるから、いろんな形をしているんだよ。」

と答えました。






“観音様”はもう少し丁寧に言いますと観音菩薩様と言います。



上求菩提 下化衆生【じょうぐぼだい げけじゅじょう】を続けることを菩薩と言います。



上に向かっては、永遠に無上の悟りを求め続け、
 同時に下に向かっては、つねに無限の衆生を救っていこうと誓う人を菩薩と言うのです。


そして、この 上求菩提 下化衆生 は






すべてをわが子と見、

花と見ていく心を

自覚するならば

人類を愛さずにはいられない







とも表現することができるのです。




まさに我が子を見守る保護者の姿です。



もちろん保護者の姿は みな違います。



だからこそ、観音様も多くの姿をしているのかもしれません・・・

寺嫁まめこのひとこと通信 VOL.14 【大般若会、感動!すべての人の幸せを祈ります。】

お寺あるある

 自分が生活をしているお寺の行事なのに、僧侶以外の寺族(妻や子供)は裏方としての手伝いが忙しく肝心の法要に出たことがない。




 結婚するまで(結婚後もしばらく)お寺で生活をしたことがなかった妻が、実際にお寺で体験し学んだことを伝えるために不定期で檀信徒の皆様に発行している「お便り」である、寺嫁まめこのひとこと通信 がいろいろあって、改装されました。




今回の題名は



~大般若会、感動!すべての人の幸せを祈ります。~




です。
結婚して何年も経ち、初めて大般若祈祷会【だいはんにゃきとうえ】の法要に出ることができた妻の感想も入っています。



600寺嫁まめこのひとこと通信14号

※写真をクリックすると、大きな図で表示されます。
※PDFファイルでご覧いただける環境の方はこちらをクリックしてください。



 東光寺(静岡市清水区横砂)では少しでもお寺のことや仏教のことを多く方に知っていただきたいと、


東光寺ホームページ

・ブログ(新米和尚の仏教とお寺紹介寺嫁がみつけたゴキゲンの種)、

・お便り、本山関係の冊子、

・法話




など様々な方法で紹介をさせていただいています。





その中の1つに寺嫁まめこのひとこと通信があります。 




発行依頼、東光寺から配布されるものの中で最も「楽しみにしています」と言われるのが、この「寺嫁まめこのひとこと通信」です。
※過去の「寺嫁まめこのひとこと通信」はこちらでご覧になれます。




御興味のある方はぜひ御一読ください。

どんど焼き開催報告 【令和2年】

600どんど焼き200109 1



東光寺(静岡市清水区横砂)の境内で「どんど焼き」が行われました。




境内にある袖師保育園の行事で、御札や正月の飾りや書き初めなどを「お焚き上げ」をします。流れは


1.般若心経をお唱えしながら点火をします。

2.読経中に園児達も一緒にお参りをしてくれており、その間に炎はどんどん大きくなります。

3.炎が落着くまで待つ

4.みんながお待ちかね・・・餅焼きの始まりです。




600どんど焼き200109 2


大量の御餅を焼いていきますが、焼けた御餅はどんどん園児達の胃袋に消えていきます!

この御餅は、お正月にお供えされた鏡餅です。

園児達は初めに調味料のついていない、焼いただけのお餅を食べます。

その後、醤油やきな粉のついたお餅を元気よく食べていきます。



どんど焼きの火にあたったり、焼いた物を食べれば、その1年間健康でいられるという言い伝えがありますので、今年一年園児達が元気に過ごしてくれると信じています。


600どんど焼き200109 3

イスか正座か 【大般若のこぼれ話】

「お寺に行くと足が痛くなるから嫌だ」



と言われていたこともあります。


今はイスを用意しているお寺も多く、東光寺(静岡市清水区横砂)もお参りに来られた方の為にイスを用意しています。




毎年1月7日に行われる大般若祈祷会【大般若】もお参りに来られる方の為にイスを並べています。
※今年の大般若の開催報告はこちらをご覧ください。
※大般若について詳しくはこちらをご覧ください。





600DSC_0029.jpg

・・・しかし、僧侶の席はイスではありません。



座布団に正座、又は“坐を組む”といって坐禅をするときと同じように足を組んで座ります。


私にとっていつもの光景なので何も疑問に感じていませんでした。




ところが先日、大般若のお参りをしてくださった年配の一般の方から



「和尚さんたちが座布団なのに私達がイスに座っているとなんだか見下ろしているみたいで申し訳ないよ。」


と言われました。



イスと座布団に上も下もありませんので御安心くださいとはお答えしましたが、様々なことを経験し生きてこられた人生の大先輩が私のような若輩者に“申し訳ない“という謙虚な気持ちを持つ尊い姿を見せていただき、私もこのような謙虚な気持ちで年齢を重ねていきたいと感じました。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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