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梅の剪定をしながら感じたこと

東光寺(静岡市清水区横砂)の境内にある保育園が管理している子「子供の畑」がお寺から少し離れた場所にはあります。



ここの管理を私がしているのですが、この季節は梅の剪定作業が主な仕事となります。



500梅の剪定1801193



本来ならばもう少し早く始めたいのですが、年末は他の作業などが多いため畑まで手が回らず、この時期になってしまっています・・・



しかもこの時期になると梅の花が咲き始めてしまうものですから、これまでは作業を途中で止めていました。



しかし、あまりにも枝が混みあってきてしまったので、今年は少し思い切って剪定をしようと考え、バッサバッサと必要のない太い枝も切り落としています。


500梅の剪定1801191



子供の頃、誰もが習ったことですが物を落とせば地面に落ちます。



地球上には重力と呼ばれる力がありますので物は下に落ちていく、これが当たり前の話です。



ですから、梅の木の枝を切れば重力によって地面に落ちていくはずです・・・



ところが剪定を怠って枝が複雑に絡み合ってしまった場合は枝を切っても下に落ちることはなく絡み合ったままその場に止まってしまうことが多くあります。



500梅の剪定1801192



ですから剪定作業を怠ってしまった梅の木を剪定する場合は切るだけでなく切った枝をどうにかして下に落とす作業まで加わります。



最終的には落とすことを諦め、枝と枝の間から上に向かって投げて枝を落とすことすらあります。



本来であれば下に落とすはずの枝を上に投げなくてはいけない。発想の転換が必要となってきます・・・



小学校や中学校の理科の授業では教科書に



「地球には重力がある。物は下に落ちる。」



と書いてありますが、残念ながら教科書通りにいかない場合もあるんだということを梅の木の剪定をしながら学びました。





さて東光寺は臨済宗妙心寺派(禅宗)のお寺です。



禅宗のお寺ですので、坐禅をとても大切にしています。



坐禅の「心」を短い言葉で表した生活信条には



1日1は静かに坐って、身と呼吸と心を調えましょう



と書いてあります。姿勢と呼吸を調えることで、自然と心も調ってくるというわけです。



では坐禅をすれば本当に心が調うのかといえば残念ながら、



坐禅を経験したのに全然心が調わなかった



という人も中にはいることでしょう。



足がしびれただけで何をしたのかがよく分からない。



そういった意見も聞こえてくることがあります。



逆に子供坐禅会に参加している子供たちが一度坐禅をすると



気持ちよかった、心がスーッとした



という感想を言ってくれることもあります。


なぜ子供は心が簡単に調うのに大人になると坐禅をしてもスッキリしないのかと考えることがありました。



しかし、梅の木を剪定しながらその答えがわかった気がします。



大人になれば様々な感情が複雑に絡み合ってきます。



梅の木の剪定を忘れれば複雑に枝が絡み合ってしまい、落とすべき枝を切っても枝は地面に落ちません。



毎年しっかりと剪定をしていれば枝を切ればその枝は自然と地面に落ちて剪定作業が終了したでしょう。



子供坐禅をした時に心がスーッとするのは、まだまだ複雑に絡み合っていない素直な心があるからです。



大人になれば様々な想いが絡み合いなかなか簡単にスーと落ち着く事が出来ないのではないでしょうか。



しかし、剪定作業も繰り返し繰り返し行い、そして少しずつ少しずつ、その枝を根気よく取り除いていけば やがて終わっていきます。



坐禅も1回で心がスーッとすることを体験できるかもしれないが、複雑な悩みや苦しみが絡み合ってきた場合は一度の坐禅で成果を得られることはありません。



じゃあ、2回やればいいのか??3回やればいいのか?? 



と、考える人もいますが複雑に絡み合った枝も切った時、たまたまストンと落ちることもあれば落ちるかなーと思って切ってもなかなか落ちないことがあります。



坐禅も何回したから良いというわけではありません。



根気よく続けていくことが大切なのだと剪定し終わった一本の梅の木を見ながら感じる今日この頃です。



残念ながら剪定しなくてはいけない梅の木はあと13本あるためまだまだ剪定作業は続きそうです・・・

子供に坐禅会で話したこと 第289番 流木 【仏教説話31】

子供坐禅会(平成29年冬休み:テーマは仏教説話)で話した内容を紹介させていただきます。今回は

仏教説話シリーズ その31 【流木】

です。

500第289番 流木 【仏教説話31】


東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では毎回お寺や仏教に関係する話しをしています。



そして、話の内容にあった「仏教豆知識シール」を参加者に配布しています。



自分自身の備忘録も兼ねて紹介させていただきたいと考えています・・・・






毎年12月15日16日は地元の秋葉山のお祭りです。



子供達はとっても楽しみにしています。



約500メートルほどの道にたくさんの屋台が出て大勢の人達が楽しんでいるお祭りです。



小学生時代の私は、秋葉山のお祭りというのは屋台がたくさん出て、お小遣いをもらってその屋台で買い物をするものだと思っていました。




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しかしある時、秋葉山のお祭りというのは火の神様を祀るお祭りであって、山のてっぺんにある火の神様をお参りし、一年の安全を祈るものだと知りました。



それまで、確かにお参りする人がいるなあとは思っていましたが、屋台を見るのが楽しくて山のてっぺんまで登ることはありませんでした。



お参りをすることがお祭りの目的であると知った後もお参りに行こうと思っても、ついつい道の両側にある屋台に吸い込まれなかなか前に進むことはできませんでした。



500秋葉山1801182



山へ向かう人の流れはあるのですが、その流れに乗って素直に進んで行けばお参りをすることができるはずなのに、ついつい屋台でたこ焼きを買ったりチョコバナナを買ったりしていました。





昔、お釈迦様のもとで修行をしている修行僧がなかなか悟りを開くことができず悩んでいる時お釈迦様はそのお弟子様に




「河を流れる木は

向こう岸につかず、

この岸にもつかず、

腐ったり沈むこともなく、

誰かに捕まることもなければ

やがて大きな海に出る。

私たちの心も河を流れる木のようにすれば良い。」


と教えたと言われています。






こちらの岸へ行こう、彼方の岸へ行きたい、独りよがりに気持ちを沈めたり、誰かの力で運んでもらいたい、そう言った心を持たず川の流れに全てを任せることで大きな海という悟りの世界に到達することができると言われたのです。



素直な気持ちで流れに乗ることが大切なのだというのです。



秋葉山のお祭りでも素直に人々の流れに乗っていけばお参りをする山の上まで登ることができる。



しかし、ついつい自分の興味のある所ばかりに目がいってしまい横道に逸れてしまうのは私たちの心のありようではないのでしょうか。



また流れに乗るにも、その流れをしっかりと見極めなくてはいけないはずです。



お祭りでも流れを見ずに、ただ目の前の人に付いて行ってしまったら目的地に到着せず迷子になることもあります。



秋葉山ではお参りをする人たちの流れにのっていくように、私たちの人生の中で大きな海に向かっていく人たちと共に生活していくことはとても大切です。



一緒に生活をするというのは良い習慣を共に行うということです。



例えば坐禅会に参加する、写経会に参加する、お寺の行事に参加する、町の行事に参加する、学校で一生懸命勉強するなど様々なことがありますが、昔から多くの人たちが「これは良いことだ」というものに素直に乗っかって流れていくことが今の時代も必要なのかもしれません。

東光寺だより 平成30年新年号!

東光寺(静岡市清水区横砂)が発行している「たより」が東光寺だよりです。



平成30年1月号が第203号になります。



ここ数年は妻が発行する「寺嫁まめこの一言通信」が大変好評をいただいていますが、こちらも発行を継続しています。
※寺嫁まめこの一言通信のバックナンバーはこちらです。



新年号は毎年、その年の繰り出し表(法事のお知らせ一覧)が掲載されています。



そのため、その部分を除いたページを掲載させていただきます。




画像をクリックしていただければ大きな画像が見ることができます




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子供に坐禅会で話したこと 第288番 アリの命 【仏教説話30】



子供坐禅会(平成29年冬休み:テーマは仏教説話)で話した内容を紹介させていただきます。今回は

仏教説話シリーズ その30 【アリの命】

です。



東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では毎回お寺や仏教に関係する話しをしています。



そして、話の内容にあった「仏教豆知識シール」を参加者に配布しています。



自分自身の備忘録も兼ねて紹介させていただきたいと考えています・・・・



500第288番 アリの命 【仏教説話30】




お腹を空かせて困っている人に、おにぎりを1つあげる人と2つあげる人がいたとします。


どちらがすごいと思いますか。


普通に考えると2つあげる人がすごいということになります。


しかし、仏教では1つか2つかはあまり関係ありません。


おにぎりを100個持っている人が2つあげるよりも、おにぎりを1つしか持っていない人がその1つを誰かにあげることの方が尊いと考えるからです。

100個持っていれば100個あげる。


1つ持っていれば1つあげる。


今、自分にできることを精一杯することが大切だと仏教ではよく言われています。






仏教の物語の中に「アリの命」という話があります。







あるところに若い修行僧がいました。


修行僧は立派な和尚様のもとで修行をしています。


和尚様は立派な方で普段から修行僧に色々なことを厳しく教えてくれていました。


修行僧も指導してくださる和尚様の言うことを聞いて一生懸命修行をしていました。


この和尚様、実はすごい力があるのです。


どんな力があるのかといえば、もうすぐ死んでしまう人を見分けることができるのです。


あと1週間で死ぬ人が自分の目の前に来ると、


「この人はあと1週間で死んでしまう。」


ということが分かるそうです。


ある朝、和尚様が修行僧を見ると、なんと後1週間でこの修行僧が死んでしまうと分かったのです。


和尚様は修行僧に


「お前はあと一週間で残念ながら死ぬ。だからその前に実家に戻って両親へしっかりと挨拶をしてきなさい。2、3日はそちらで過ごして、またここに戻ってきなさい。」


と言ったのです。


修行僧は和尚様の言うことを聞いて最初は大変に驚きましたが、これまで和尚様があと1週間で死んでしまうと言った人はみんな本当に死んでしまったことをよく知っていたので、自分ももうすぐ死ぬのだと感じたのです。


そこで和尚様に言われた通り、実家へ戻って両親にお礼を言うことにしました。


実家は歩いて1日ほどかかる場所です。


実家に向かって歩いていると、ある場所でたくさんのアリが足元にいることに気がつきました。そしてそのアリが川から溢れた水が流れてきているのも見えました。


修行僧はそのアリたちを迷うことなく助けて安全な場所に移してから、実家に帰ったのです。


実家に帰り両親に「私はもうすぐ死んでしまう」ということを伝えた上で、これまで育ててくれたお礼などを言って2、3日実家でのんびりと過ごすことにしました。


両親も息子がもうすぐ死んでしまうということには大変驚きましたが、今こうして一緒にいられる時間を大切に過ごそうと親子で 有意義な時間を過ごしました。


やがて時間が経ち、修行僧は和尚様の元へ戻ることにしました。修行僧が和尚様のところへ戻ってくると和尚様は大変に驚きました。


なんと修行僧からもうすぐ死ぬ人の特徴がなくなっていたのです。


つまり修行僧はまだまだ元気に暮らしていけるようになっていたのです。


和尚様は驚いて修行僧にこの一週間どんなことがあったのか聞きました。


すると、修行僧は実家に戻る途中アリを助けた話をしました。和尚様はそれを聞いて


自分自身がもうすぐ死んでしまうかもしれないという時にたくさんの命を救ったことで、この修行僧は長くこれからも生きていけるようになったのだとわかったそうです。






このお話の大切な部分は、自分が苦しい時に周囲の苦しんでいる命を救ったということです。



自分が元気な時に周りを助けることはそこまで難しいことではありません。


しかし、本当に自分が苦しい時にこそ、自分にできることを精一杯やって行きなさいと「アリの命」という話は教えてくれています。




そして、なぜ自分がもうすぐ死ぬという時に苦しんでいたアリをこの修行僧は助けることができたのかといえば、それこそ普段の生活が和尚様の下での修行生活だったからなのです。


修行をしていたからこそ、正しいことを素直にすることができたのです。

普段からマラソンの練習をせず、だらだらと過ごしている人が急にマラソン大会に出たところで、まともに走ることはできません。しっかりと毎日練習している人がマラソン大会に出れば良い結果を出すことができるように、普段からの生活が大切だということもこのお話は教えてくれているのです。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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