梅の開花 【平成30年】

寒い日が続きますが、梅の花が咲きました。


500梅の花180130




手を抜いて剪定をしてこなかったのに健気に花を咲かせています。



庭木の剪定についての言葉で、桜の枝は切らずにおくのがよく、梅の枝は切るのがよいことを示す



桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿



ということわざがあります。




そんな言葉を胸に今日もせっせと梅の選定作業です・・・



素人がする作業なので、剪定が終わった木を見て妻が



「そんなに切ったら、実がならないっしょ・・・」



と驚くほど切っています。



なぜ、そんなに切るところがあるのかと言えば、これまでの剪定作業をおろそかにしてきたから・・・



込み入った枝を見て見ぬふりをしてきたからです・・・




桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿、見て見ぬふりをする馬鹿




とは、私のことです。



「枝なんて勝手に伸びればいいんだよ!枝が伸び風通しが悪くなって実がつかなかったり病気になって困るのは梅の木だろ!俺は関係ない!!」



そんな、言い訳を自分にしていました。



それでも花を咲かせる梅の木を見ていると、自然の力強さと自分の弱さを感じます。



これからは自分で自分に貼り付けた馬鹿の付箋をはがすためにも畑仕事を続けて行こうと考えています!

必死にがんばるとは【平四郎のがんばりに学ぶこと】


 東光寺は静岡市清水区にございます。現在は静岡市ですが、以前は清水市と呼ばれていました。その少し前は庵原郡と呼ばれていました。





 今から約350年ほど前、庵原に平四郎という男がいました。 平四郎は一般の方でしたが あるきっかけがあり必死に坐禅をします。



 坐禅を続けると自分が「悟った」と感じたそうです。そこで、本当に悟っているのか確認をしたいと、山を越え、原(現在の沼津)という場所にいる白隠禅師という和尚様(臨済宗中興の祖とも言われる有名な禅僧)に聞きに行こうと考えました。




写経会 絵葉書 草木国土 悉皆成仏



 平四郎は薩埵峠【さったとうげ】を超えて原に向かいます。その時見たのが、写真のような富士山と山々の緑と海が作り出す素晴らしい景色でした。平四郎は薩埵峠を越えるとき思わず




 草木国土 悉皆成仏【そうもくこくど しっかいじょうぶつ】とはまさにこのことだ!




 と感じた話が残っています。





平四郎は一般の方でしたが あるきっかけがあり必死に坐禅をします。






とサラッと書きましたが、「必死」とは次のように紹介されています。





一人浴室に入って固く戸を閉めた。


そして、腰骨を起して背筋を伸ばし、手を組んで両眼をグッと睨んで純一に坐禅したのである。



 妄想や魔境が次々と沸き起こり入り乱れ、それと格闘しているうちに、ついに妄想・魔境を払い去って深く無相定(三昧の境)に入った。


朝が開ける頃、すずめがチュンチュンと家のあちらこちらで鳴いているのが聞こえたが、自分の身体の感覚をまったく感じなくなっており、ただ両方の目が飛び出して地上にあるのが見えた。


次の瞬間、爪の痛みを感じた。すると両目は顔の元の位置に戻り、手足の感覚が感じられ自由に動かすことができるようになったのである。



 このようにして三日三晩坐り抜いた。


三日目の朝になって顔を洗って庭の木を見ると、通常の見え方とはまったく違っていた。






私は時々


「自分なりによくがんばった!」


と自分を褒めてしまいそうになりますが、厳しい修行をされた方や劇的な体験をされた方の話しを知るたびに


「自分はまだまだ努力が足りない、もっともっと努力し成長しなくてはいけない」


と教えていただいている気がします。

静岡は寒い


今朝も日本の上空に寒波が居座っているため寒い・・・




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本堂のストーブはとうとう3℃と表示を出しました。



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室温が3℃・・・




日本各地に大雪が降ったとの報道がありましたが、東光寺(静岡市清水区横砂)では雪は降りません。



「これまで一度もここで雪を見たことはありません!!」



このように県外の方に話をすると「うらやましい!」と言われます。



しかし、県外(特に東北など雪が多かったり寒い地域)から静岡に引っ越してきて暮らしている人は口をそろえて



「静岡は寒い!」



とおっしゃいます。



「静岡は雪は降らないが、雪国と違って家の密閉性も防寒意識をなく、しかも暖房をあまり使わないため家の中が寒い!」



とのことでした・・・



〇十年前に宮城県から静岡に嫁いできた女性は、まだ電話などなかなか気楽に使えない時代だったが、衝撃のあまり実家に



「静岡の人は住んでいる所に雪が降らないからお金を出して(雪見遠足)雪を見に行くんだよ!」



と嫁入り後初めての電話をしたと話してくれました。




所変われば 品変わるとはよく言ったものです。




こういった話は東光寺の坐禅会や写経会などの後、お茶を飲んだりしながら普段聞くことができない話を聞かせていただいています。




坐禅や写経だけでなく、様々な年代の方との出会いにも興味がある方はぜひご参加いただければと願っています・・・

梅の剪定をしながら感じたこと

東光寺(静岡市清水区横砂)の境内にある保育園が管理している子「子供の畑」がお寺から少し離れた場所にはあります。



ここの管理を私がしているのですが、この季節は梅の剪定作業が主な仕事となります。



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本来ならばもう少し早く始めたいのですが、年末は他の作業などが多いため畑まで手が回らず、この時期になってしまっています・・・



しかもこの時期になると梅の花が咲き始めてしまうものですから、これまでは作業を途中で止めていました。



しかし、あまりにも枝が混みあってきてしまったので、今年は少し思い切って剪定をしようと考え、バッサバッサと必要のない太い枝も切り落としています。


500梅の剪定1801191



子供の頃、誰もが習ったことですが物を落とせば地面に落ちます。



地球上には重力と呼ばれる力がありますので物は下に落ちていく、これが当たり前の話です。



ですから、梅の木の枝を切れば重力によって地面に落ちていくはずです・・・



ところが剪定を怠って枝が複雑に絡み合ってしまった場合は枝を切っても下に落ちることはなく絡み合ったままその場に止まってしまうことが多くあります。



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ですから剪定作業を怠ってしまった梅の木を剪定する場合は切るだけでなく切った枝をどうにかして下に落とす作業まで加わります。



最終的には落とすことを諦め、枝と枝の間から上に向かって投げて枝を落とすことすらあります。



本来であれば下に落とすはずの枝を上に投げなくてはいけない。発想の転換が必要となってきます・・・



小学校や中学校の理科の授業では教科書に



「地球には重力がある。物は下に落ちる。」



と書いてありますが、残念ながら教科書通りにいかない場合もあるんだということを梅の木の剪定をしながら学びました。





さて東光寺は臨済宗妙心寺派(禅宗)のお寺です。



禅宗のお寺ですので、坐禅をとても大切にしています。



坐禅の「心」を短い言葉で表した生活信条には



1日1は静かに坐って、身と呼吸と心を調えましょう



と書いてあります。姿勢と呼吸を調えることで、自然と心も調ってくるというわけです。



では坐禅をすれば本当に心が調うのかといえば残念ながら、



坐禅を経験したのに全然心が調わなかった



という人も中にはいることでしょう。



足がしびれただけで何をしたのかがよく分からない。



そういった意見も聞こえてくることがあります。



逆に子供坐禅会に参加している子供たちが一度坐禅をすると



気持ちよかった、心がスーッとした



という感想を言ってくれることもあります。


なぜ子供は心が簡単に調うのに大人になると坐禅をしてもスッキリしないのかと考えることがありました。



しかし、梅の木を剪定しながらその答えがわかった気がします。



大人になれば様々な感情が複雑に絡み合ってきます。



梅の木の剪定を忘れれば複雑に枝が絡み合ってしまい、落とすべき枝を切っても枝は地面に落ちません。



毎年しっかりと剪定をしていれば枝を切ればその枝は自然と地面に落ちて剪定作業が終了したでしょう。



子供坐禅をした時に心がスーッとするのは、まだまだ複雑に絡み合っていない素直な心があるからです。



大人になれば様々な想いが絡み合いなかなか簡単にスーと落ち着く事が出来ないのではないでしょうか。



しかし、剪定作業も繰り返し繰り返し行い、そして少しずつ少しずつ、その枝を根気よく取り除いていけば やがて終わっていきます。



坐禅も1回で心がスーッとすることを体験できるかもしれないが、複雑な悩みや苦しみが絡み合ってきた場合は一度の坐禅で成果を得られることはありません。



じゃあ、2回やればいいのか??3回やればいいのか?? 



と、考える人もいますが複雑に絡み合った枝も切った時、たまたまストンと落ちることもあれば落ちるかなーと思って切ってもなかなか落ちないことがあります。



坐禅も何回したから良いというわけではありません。



根気よく続けていくことが大切なのだと剪定し終わった一本の梅の木を見ながら感じる今日この頃です。



残念ながら剪定しなくてはいけない梅の木はあと13本あるためまだまだ剪定作業は続きそうです・・・

祈る姿に共通すること  【どんど焼きと大般若】

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朝、娘達を連れて地元の「どんど焼き」に参加させていただきました。




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多くの方が集まり、1年の健康と平和などを祈りました。





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娘達も港から朝日が昇る姿に目を奪われながらも、縁起物の御餅をいただき大満足して帰ってきました。




私はその後、すぐにお付き合いのある寺院の大般若祈祷会【だいはんにゃきとうえ】へ。





ここにも1年の健康や平和を祈る人達が大勢集まっていました。






どんど焼きと大般若祈祷会、祈り方や習慣、人数などに多くの違いがありますが、どちらも自分の為だけでなく周囲の人たちの為に真剣に行事に取り組み、一生懸命祈る多くの方々のおかげで成り立つことを、二つの行を短い時間で体験することによって、改めて実感することができました。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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