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生かされていることを改めて感じます


東光寺(静岡市清水区横砂)では毎月23日にお地蔵様のお参りがあります。


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当番のお檀家さんが準備しお供えしてくださるお団子をお参りが終わった後、いただきます。




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今日のお参りが終わったとき、


「娘さんたち、もう夏休みだと思って用意しちゃった」


と言いながら当番の女性がお団子を2つ私に渡してくださいました。


小学生の娘達は休みの日の場合はお地蔵様のお参りに参加しています。


女性はすでに小学生が夏休みだと思い、お団子を用意してくださったのです。


残念ながら娘達はまだ夏休みではないため学校に行っていました。



娘達のために用意してくださったお団子を受け取りながら、


「娘はこの女性が自分たちのことを気にかけてくれるなんて知らないだろうな。」


と感じながら、


「私も子供の頃からお寺で過ごしてきたが、同じように私は気が付いていないが気にかけてくれていた人がいたのだろう。」


とも感じました。



臨済宗妙心寺派の教えである「生活信条」


生かされている自分を感謝し 報恩の行を積みましょう


とあります。



生かされていることに気が付いたとき、今の自分に何ができるのかといえば「報恩【ほうおん】」しかないのです。


目の前のお団子に


「恩に報いる生き方ができているのか」


と聞かれている気がしています。



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・・・まずは、お団子をいただいて力を出したいと思います。

正解があるのならば教えて欲しい・・・

500青空と本堂




東光寺(静岡市清水区横砂)の本堂にはエアコンがありません。



今日、静岡は最高気温33℃を記録しました。



太陽もサンサンと輝き、間違いなく暑い1日でした。



そんな中、お参りに来て下さった方が本堂に入るなり



「やっぱりお寺は涼しいね~」



と喜んでいました。



確かに本堂にはエアコンはありませんが、昔ながらの風が通り抜ける構造のおかげで夏でもある程度快適に過ごせます。

・・・風がない日はかなりつらいですが。




このところ熱中症のニュースを見ていると、多くの方が「暑い時にはエアコンを使いましょう!」と言っています。



その通りです。



否定のしようがありません。



無理はしない! これはとても大切です。



しかし、腑に落ちないこともあるのです・・・



熱中症の原因は暑さです。



「昔とは暑さが違う!だからエアコンが必要なんだ!!」



との声もよく聞こえます。



なんで暑いのでしょうか??



「温暖化は嘘だ!」という人もいて、真実は私には分かりませんが、



「二酸化炭素などの温室効果ガスがたくさんあるから地球は暑くなっている。」



という意見が多いように感じます。



気象庁のホームページにも



「地球温暖化対策の中で一番大きな課題が二酸化炭素の排出量の削減です」



と書いてあります。そして、



「このような二酸化炭素の排出を減らすため、わたしたちにもできることがあります。



~中略~ 冷暖房機に頼らないすごし方の工夫 ~後略~ 」



とも書いてあります。




尋常ではない暑さに対して



「暑いから全ての学校にエアコンが必要だ!」



という意見もあり、



「冷暖房機に頼らないすごし方の工夫が必要」



という意見もあります。



意見が完全に対立しているように感じます。




暑い

エアコン増設

温暖化!?

もっと暑い

もっとエアコン増設

温暖化








この流れには終わりがないように感じます。



そして、この流れは




お金がない

借金をする

返済できない

また借金をする

もっと返済できない







という流れによく似ている気がします。


お金がない、でも借りるしかない。


この借金は時間が経てば勝手に減るのでしょうか。



もちろん減りません。



自分が返せなければ、次の世代に引き継がれます。




暑いからエアコンを全ての学校につけろ!!


と言う人もいます。


私には小学校に通う娘がいます。


娘が通う学校の教室にはエアコンはありません。


片道1.5kmの通学路は、緑も影を作ってくれるものもありません。アスファルトの照り返しをあびながら汗をびっしょりかきながら登下校をしています。


でも、大きな声で「全ての教室にエアコンをつけてくれ!」と私は言えません。


エアコンをつけることが正解だと自信が持てないのです。


目先の問題を解決するため、大切な自分の子供を守るための行為が、その次の世代にさらなる苦しみを負わせることになってしまうのではないのかと怖くなるのです。


でも、いま目の前で苦しんでいる人を救えなくては意味がないことも分かります。




「冷暖房機に頼らないすごし方の工夫が必要」



は簡単なことではありません。



しかし、エアコンを設置するのと同じくらいの労力を「工夫すること」に使えれば、もっともっと多くの意見や対策が登場するような気がします。



ちなみに、エアコンがない本堂に夏休みの小学生がやってきて1日を過ごす東光寺名物の「寺子屋体験」は、昔ながらの風が通る環境を大いに活用させていただきながら、水分補給や昼休みの昼寝などできる限りのことをしながら、お寺のこと仏教のことを様々経験していただこうと準備を進めています。

棚経と隠れキリスタンの共通点

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東光寺(静岡市清水区横砂)では7月と8月に棚経【たなぎょう】のため檀家様のお宅に伺っています。



棚経とはお盆の行事です。



「え、お盆って7月でしょう!」



と思った方も、



「え、お盆って8月でしょ!」



と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。




実は、お盆は地域差が大きく伝統的に7月に行う地域もあれば、8月に行う地域もあります。



和尚さん同士の会話でも



「あなたのところのお盆は7月?それとも8月?」



と出てきます。



一般的には7月「か」8月なのです・・・



ところが、東光寺がある旧静岡県清水市は7月の地域と8月の地域が混在しています。



ですから、7月の地域の方のお宅には7月に伺いますし、8月の地域の方のお宅には8月に伺います。



しかし、読むお経やお供え物などに違いはありません。



もちろん由来も同じです。



お盆の中心となるのは7月でも8月でも「御先祖様を想い、感謝し、御先祖様を供養したいと願う気持ち」なのです。





先日、長崎・天草「潜伏キリシタン」 世界遺産登録決定のニュースがありました。



このニュースに関連する番組を見ていたとき、大変興味深い言葉がありました。



今でも「潜伏キリシタン」の文化を守り、隠れキリシタンの教えを大切に生活している方の言葉です。



潜伏キリシタン・隠れキリシタンはその名の通りキリスト教が禁止された江戸時代に隠れてキリスト教を信仰していた方々のことを示します。



しかし、明治時代に宗教の自由が認められます。



このとき、潜伏キリシタン・隠れキリシタンは潜伏したり隠れる必要が無くなったので正式なキリスト教徒として生活をしていくことになりました。



しかし、一部の方はそのまま潜伏キリシタン・隠れキリシタンとしての生活をつづけたのです。そして今でもその習慣が続いているのです。



このことについて、番組内で今でも潜伏キリシタン・隠れキリシタンの文化を守っている方に



「隠れる必要がないのに なぜ潜伏キリシタン・隠れキリシタンとして生活をしているのですか。キリスト教になればいいじゃないですか。」



と質問をしたところ、その方は迷いなく



「御先祖が大切にしてきたことだから、私はその教えを守っています。」



と答えたのです。



お盆の行事は「御先祖様を想い、感謝し、御先祖様を供養したいと願う気持ち」が中心となっています。



潜伏キリシタン・隠れキリシタンの教えが何百年と守られた背景にあった心も「御先祖様を想う気持ち」だと知り、日本で生活をする人々に当たり前のようにある「御先祖様を想う気持ち」の大切さを改めて感じました。

線香の炎は自然と治まらないこともある

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仏教の教えをまとめた「仏教聖典」の中に


悪から遠ざかる味わい、寂けさの味わい、教えの喜びの味わい、この味わいを味わう者には恐れがない。


との言葉があります。




「悪」との付き合い方として 「悪から遠ざかる」と説いています。



悪と敵対するのではなく、悪を消そうとするのでもなく、悪の存在を認めながらも「遠ざける」こと、距離を置くことを説いています。




先日、このブログで




線香は点火をしたとき炎が出てしまっても、やがて炎は落ち着いていきます。

同様に人の心に欲望の炎が燃え上がってしまっても、やがて私達の心は落ち着いてきます。




と紹介をしました。 ※記事はこちらです。



しかし、炎が落ち着かないときもあります。


それは、お墓などでたくさんの線香に点火したときです。


まとまっている線香に火をつけると炎が大きくなってしまうことがあります。


そんなとき、一生懸命息を吹きかけたり、ブンブンと振り回してしまいがちです。


しかし炎は落ち着きません・・・


落ち着いたと思っても、すぐに炎を出して再び燃え上がります。





このように燃え上がった線香の炎を静める方法は意外と簡単です。


まとまっている線香をバラバラにするだけです。


1本になれば自然と炎は落ち着いていきます。



人は1人でいるときに、心に欲望の炎が燃え上がってしまったとしても、静かに坐ることで心が落ち着きます。


しかし、多くの人と一緒にいるときに周囲の人と共に心に欲望の炎が燃え上がってしまうと、なかなか心を落ち着けることができません。自分が1人で静かになっても周囲の影響で再び欲望の炎が燃え上がります・・・



このようなときの解決方法も「燃え上がった線香の炎を静める方法」と似ています。



「遠ざける」こと、距離を置くこと


です。そして、このことの大切さを



悪から遠ざかる味わい、寂けさの味わい、教えの喜びの味わい、この味わいを味わう者には恐れがない。



と「仏教聖典」では説いているように感じます。

線香の炎は自然と治まる姿を見て学んだこと

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人の命は線香に例えられることがあります。



少しずつ 自分を燃やし、最後には消えてなくなる。



しかし、消えてなくなっても香りは残ります。



人もやがて亡くなり、姿形は無くなります。



しかし、その人が生きた証は様々な形で残ります。






身近な「線香」から学ぶことは多くありそうです。


以前「お線香の点火方法」という記事を書いたことがあります。
※記事はこちらです。


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線香は点火をしたとき炎が出てしまっても、





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やがて炎は落ち着いていきます。






同様に人の心に欲望の炎が燃え上がってしまっても、やがて私達の心は落ち着いてきます。


しかし、線香のように、ただ待っているだけでは、なかなか心が落ち着かないこともあります。




臨済宗妙心寺派の生活信条に

一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう




とあります。




心に欲望の炎が燃え上がってしまったとき、静かに坐ることで心が落ち着きます。




線香も炎が上がった状態では、線香が持って生まれた力を出し切ることができません。



同様に、人も欲望の炎に振り回されてしまえば 自分自身が持って生まれた力を出し切ることができないのではないでしょうか。



静かに坐って心を調えることで 私達が持って生まれた力を出し切ることができることを「線香」に教えていただいた気がします。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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