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広報活動の重要性を痛感した出来事

500こまめ あのね カラー



東光寺(静岡市清水区横砂)の副住職を務めさせていただくようになったころ、





「え、そんなことをやってるの!?」




と驚かれることに戸惑っていました。





写経会や子供坐禅会を企画し、檀信徒の皆様に開催のお知らせをプリントで配ったことがありました。




しばらくして、子供坐禅会の準備のため本堂に座布団を並べているのをお参りにみえた檀家様に




「何か行事でもあるの?」




と聞かれたので、




「はい、明日から子供坐禅会なんですよ!」




と答えたときに言われたのが





「え、そんなことをやってるの!?」





という言葉でした・・・・




同じようなことは写経会でもありました。





写経会が終わり、片づけをしていると御参りに来た女性に




「あら、今日は何かあったの?」




と聞かれたので




「皆さんにお知らせした写経会が今日だったんですよ!先ほど終わったばかりなんですよ。」




と答えると、




「え~、写経会やってるの!?」




と言われてしまったのです・・・・ 






先日、「ぶっちゃけ寺」というテレビ番組の収録に参加させていただいたときに、お寺側の「広報活動」について考えさせられたことがありました。





話しの内容は、葬儀や法事以外のお寺の活動について話をしていました。


この現場には芸能人の室井佑月さんやテリー伊藤さんがいらっしゃいました。


そしての時に、お二人が




「お寺で、こういうことをやったらどうですか!?」




と様々な提案をしてくださっていました。




「お~、確かにその通りだ!」



と感じることもありましたが、



「あ、それは東光寺でもやっているなぁ・・・」



と感じたり



「あ、それは○○寺で昔から行われていることだな・・・」



などと感じる御意見も多くありました。




しかし、一般的には知られていないのです・・・・・



「知られていない」ということは、現在の日本では「存在しない」と思われてしまうことがたくさんあるのです。





 




お寺では様々な行事があり、この行事を通して



人は いかに 生きていけばよいか



を伝えようとしています。 東光寺(静岡市清水区横砂)でも法事と葬儀以外に、年間160回の様々な行事を行っています。




毎月行われる
・布薩会
・写経会
・坐禅会
・観音供養
・地蔵尊供養




年に1回行われる
・大般若
・開山忌
・施餓鬼



そして、小学校の長期休暇に合わせて行わる
・子供坐禅会
・寺子屋体験



など様々な行事を行っているのです。





しかし、 「え、そんなことをやってるの!?」 と言われてしまうのです。



やっていることを知られていないのは 私の「広報活動」が不足しているからなのです。




最近は



ホームページ見たよ!」や「ブログ読んでるよ」と声をかけていただくことが多くなってきました。




今後も、現在のようにホームページやブログでの広報活動を続けながら、自ら外に足を運び、お寺や仏教のことを多くの方に伝えられように努力をしていきたいと考えいています。



「もっと儲けたいですか?」 という言葉についてぶっちゃけてみる・・・

ぶっちゃけ寺 の収録に呼んでいただいたにも関わらず、 ビビッてぶっちゃけることができなかった僧侶が ブログでぶっちゃける・・・・・・




そんな、つまらない話です・・・・




今回は 「もっと儲けたいですか?」 という言葉について書いてみます。







500ブログ ホームページ 作図用 もうけたい








 「和尚さん、儲かってますか?」






 と質問をされたことがあります。 普段「儲け」という感覚でお寺のことを考えたことがなかったので、かなり衝撃的な質問に感しられことを良く覚えています。





 私はこれまでに、「儲けたい!」 と考えたことはありません。しかし、最近では






 「お寺にいるのですから、儲けたいとは考えていませんよ。」






 と本心から答えたとしても、トンチンカンか質問を続ける方がいるようです・・・・






 「だったら、お葬式のお布施が1万円でもあなたは葬儀をやるんですね?」




 


 このような質問を聞くことが増えた気がします。







 しかし、この質問は本質から離れてしまった質問に感じてしまいます。





仏教のお話しの中に




貧者の一灯  【 ひんじゃ の いっとう 】



500子供坐禅会 シール157 貧者の一灯




というお話があります。話しの内容は、






昔、ある村にお釈迦様がやってくることになりました。

村人たちは大喜びです。

皆は、お釈迦様のために灯【ともしび】を捧げようと考えました。

あるお金持ちは、多くの油を買い求め、灯を捧げました。

この様子を1人のお婆さんが見ていました。

お婆さんは自分も灯を捧げたいと考えましたが、お金が全くありません。

お婆さんは大変に貧しく、その日その日を生きていくことに必死な状態だったのです。

しかし、通行人などにお金を恵んでもらい、そのお金でなんとか少量の油を購入し、灯を捧げたのです。

やがて、街中に多くの灯が捧げられました。

その時、突然強い風が街中を通り抜けていったのです。

すると、お婆さんが用意した灯だけが消えずに火を保ち、残りの灯は全て消えてしまった。





といったものでした。このお話は


お金持ちが捧げた多くの灯明よりも貧しい老婆が心をこめて捧げた灯明の方が長く輝き続けたお話しより、大切なことは量や金額ではなく、誠意の有無だ!



と言うことを伝えてくれる教えです。






お婆さんは自分が持っている全てを投げ出して灯を捧げたのです。





全てを投げ出したからこそ、尊い「布施【ふせ】」となるのです。





対してお金持ちは、確かに多くの灯を捧げましたが、全てを投げ出しきることはできなかったのです。







先程の質問にもどりますが、


「1万円で葬儀ができるのか?」


という質問は


「灯を1つ捧げることは 尊いか?」


と質問をしているのと同じなのです。 「灯を1つ」と言われても、全てを投げ出して捧げた1つの灯なのか、お金持ちがゆとりをもって捧げた灯なのかによって答えは全く異なってくるのです・・・・







僧侶に対して 「もっと儲けたいですか?」 と質問をすれば多くの僧侶が 「いいえ」 と答えることになるでしょう。


だからといって



「じゃ~、お布施(財施)を払わなくていいでしょ? 儲けなんていらないでしょ?」



と発言することは間違いなのです。




「できるだけのことをする」 ということが最も大切なことであり、 そのことを伝えていくのが儲けるよりも大切な僧侶の役割の1つなのだと感じています!
 

「葬儀のお布施」 という言葉についてぶっちゃけてみる・・・

ぶっちゃけ寺 なのに ビビッてぶっちゃけることができなかった僧侶が ブログでぶっちゃける・・・・・・




そんな、つまらない話です・・・・




今回は 「葬儀のお布施」 という言葉について書いてみます。




500仏教豆知識シール 53 布施





東光寺(静岡市清水区横砂)では、地元の小学校の長期休暇に合わせて 子供坐禅会 を開催しています。





最近、この坐禅会では毎回テーマを決めて取り組むようにしています。例えば




平成28年の春休みは 「食事と仏教」 (全14回)



平成27年の冬休みは 「法事」 (全9回)



平成27年の夏休みは 「仏教聖典」 (全27回)





と、いった具合です。





そして、テーマに沿って毎回 東光寺特製「仏教豆知識シール」を作成し、参加者に配布し、その内容の話しをさせていただいています。







実は、昨年(平成27年)の春休みのテーマが 「お布施」 でした。






お布施とは 自分の持っている物を分けたり、できることを 人の為、誰かのためにすることを意味しています。








ですから、布施には様々な形があることを伝えるために 多くの種類のシールを作って毎日話しをさせていただきました。





 15回行われた春の坐禅会で、毎日異なる形の「布施」を紹介しましたが、十分には説明できない程 「布施」 には多くの種類があることを体感したことを覚えています。






しかし、世間では





お布施 = 読経の対価






というとんでもない誤解が生じてしまっています・・・・






「布施」の中には



500仏教豆知識シール 144 財施

自分の財産を施す 「財施【ざいせ】」 という行為があります。





しかし、布施は財施だけではありません。





500仏教豆知識シール 145 法施

仏様の教えを伝える 「法施【ほうせ】」






500仏教豆知識シール 146 無畏施

人々から恐怖を取り除く 「無畏施【むいせ】」





など、など・・・・





多くの「布施」があります。 しかし、一般の方々は





お布施 = 財施【ざいせ】





と思い込んでしまっています。 






私は「布施は財施だけではない!!」と言うことを少しでも多くの方に知っていただきたいと常々考えています。






布施 とは 財施  だ




と言ってしまうといことは




スポーツ とは 野球 だ





と言ってしまうのと同じです。






布施に法施や無畏施など様々なものがあるのと同様に スポーツにはサッカーやバスケ、バレー、卓球など様々な種類があります。






この大前提を理解してから、「お布施と葬儀」 の関係について考えていただければ、ありがたいと思います!


「お布施と葬儀」の話は、また後日させていただければと考えています・・・・・

「今の人には信仰心がないんですよ!!」 という言葉についてぶっちゃけてみる・・・

ぶっちゃけ寺 なのに ビビッてぶっちゃけることができなかった僧侶が ブログでぶっちゃける・・・・・・




そんな、つまらない話です・・・・




今回は 「今の人には信仰心がないんですよ!!」 という言葉について書いてみます。




500ブログ ホームページ 作図用 信仰心


お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺 3時間スペシャル で、ある和尚様が





今の人には信仰心がないんですよ!!





とおっしゃっていました。 





500ダメ こまめ カラー

昔は私もそう思っていたな~ と思い出に浸りながらも、その発言は危険だなぁと感じていました。




別の話題の中で出てきた一言でしたので、そのまま流れていきましたが、気になる一言でした。




恥ずかしい話ですが、若かりし頃の私は「宗教」という言葉の意味もしらず、「気持ち悪いもの」と思い込んでいました。



ですから、「信仰心」なんてものは当然自分には無いと思っていましたし、周囲の人も自分と同様に


「信仰心なんて無いに決まっている」


と勘違いをしていました。




言葉の解釈の問題になってしまうのですが、「信仰」と言う言葉を辞書で調べると




宗教を信じて、その教えを自分のよりどころとすること



と書いてありました。 何かを信じ自分自身の「芯」とすることを「信仰」と言うようです。





仏教の言葉に 私たちは、皆生まれながらに、仏さまと同じ心を持ち合わせている ことを示す



衆生本来仏なり 



という言葉があります。 私はこの言葉の持つ力に触れたときに感動したことが忘れられません。




そして、生まれながらに仏さまと同じ心を持ち合わせていると実感した時に、「信仰心なんてない」とは言えないと感じました。




500こまめ 心施 カラー

仏様と同じ心は持っている!!





・・・でも、欲望あふれる世界で過ごしていると「きれいな心」は汚れに隠されてしまいます。





500合掌 こまめ 原画 カラー

だからこそ お参りをしたり、






500読経 こまめ カラー

お経をお唱えしたり、






500坐禅こまめ カラー

坐禅をしたりと、様々な仏道修行をして 「きれいな心」 を保とうとするのです。




普段、お寺と御縁に恵まれず お寺や仏教と関わらない人がたくさんいらっしゃることは実感しています。




しかし、そのような方に 「あなたには信仰心というものがない!!」 と伝えて その方のためになる確率は高くないと感じてしまいます。





多くの方に仏教やお寺の魅力を伝えようと考えたとき、私は






 「信仰心がない」 のではなく、 「信仰心が見えなくなっている」 と 表現した方が救いになると感じてしまいました・・・・

「坊さんは税金かからないでしょ!」 という言葉についてぶっちゃけてみる・・・

ぶっちゃけ寺 なのに ビビッてぶっちゃけることができなかった僧侶が ブログでぶっちゃける・・・・・・




そんな、つまらない話です・・・・




今回は 「坊さんは税金かからないでしょ!」 という言葉について書いてみます。




500こまめ 財施 カラー





僧侶に対して





「お坊さんって税金払わなくていいから、うらやましいよぉ~」





と声をかける人は少なくありません。





そして、これに対して僧侶は





「いやいや、税金払っていますよ! 皆さんとまったく同じ税率で所得税を払っていますよ!」





と返事すると、8割くらいの方は驚き、納得をします。しかし、2割くらいの方は




「でも、固定資産税とかは払ってないでしょ!」




と突っ込んできます。 そして、




「やっぱり宗教法人うらやましい!」



と、つぶやくのです・・・・




私はそんな会話を聞くたびに「本当にうらやましいのかな?」と考えます。





固定資産税などの税金が免除されるのは何故でしょうか??




宗教法人だけが固定資産税などの税金を免除されているのでしょうか??





実は多くの方が利用したことがある施設である





学校などの公共施設にも固定資産税はかかりません!!






なぜ学校などの公共施設に固定資産税などの税金がかからないのでしょうか?





そもそも税金の役割とは何なのでようか?





税金と言う言葉を国税庁のホームページでは






 国や都道府県、市区町村では、私たちが健康で文化的な生活を送るために、個人ではできない様々な仕事(公共サービス等)をしています。このような「公共サービス」や「公共施設」を提供するためには、多くの費用が必要になります。その費用をみんなで出し合って負担しているのが「税金」です。





と書いてあります。







「みんなのためになる場所」を作るために必要なお金を集めるのが税金であります。 ということは「みんなのためになる場所」から税金を取ったらおかしなことになってしまいます。 ですから「みんなのためになる場所」から税金は取られないのです。







「みんなのためになる場所」は税金を納めるのではなく、地域に貢献をしている場所なのです。







と、言うことは  多くの公共施設や学校と同様にお寺などの宗教法人には、多くの方・地域に貢献をすることが義務づけられているのです。






 言い換えれば、お寺などの宗教施設は私利私欲のためにお金儲けをするための施設ではないということが絶対条件となるのです。


 そして、多くの方が健康で文化的な生活を送るために、個人ではできない様々なことをする場所でなくてはならいのです!!






 お寺に関わる以上、このことは常に肝に銘じてなくてはいけないと私は考えています。






 私は、このようなことを常に意識して生活をすることができることは大変に有難いことだと感じています。もしも、このような話を聞いた後でも




「やっぱり宗教法人うらやましい!」





と感じるのであれば、それは大変に素晴らしいことです。





 ぜひ、多くの方が健康で文化的な生活を送るために、個人ではできない様々なことをする場所を一緒に作り上げていきましょう!!!
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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