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食事五観文(しょくじごかんもん) 3

お茶とお菓子

 ある日、法要が終わりお茶とお菓子を出していただいた時のお話です。出していただいたお茶を飲みましたが、帰宅時間の都合上お菓子を食べている時間はありませんでした。





お茶とお菓子2

 そのようなとき、私は迷いなくお菓子をカバンに入れて持ち帰ります。




このようにお菓子を持ち帰る話をすると、

「手をつけていないなら、残してくればいいのに。」や、「そんなに食べたいか!?」と言われることがあります。





 禅宗では食事の前に唱えられる食事五観文(しょくじごかんもん)というものがあり、その3番目の言葉が



 三つには、心(しん)を防(ふせ)ぎ、過貧等(とがとんとう)を離(はな)るるを宗(しゅう)とす


です。現代的な言葉で表すと



 心を正しく保ち、あやまった行いを避けるために、貪など三つの過ちを持たないことを誓います。



と表すことができます。もう少し分かりやすく意訳した山陰西教区学徒研修会資料を見ると



三つ、欲張ったり残したりしないでこの食事をいただきます。


と紹介しています。



禅宗の基本的な食事の決まり事として、「残さない」ということを大切にしています。


 食事やお茶を出してくださった方の気持ちや、出されたものの「命」に誠実に向き合う意味でも、出していただいたものは全て食べるように心がけています。

 食べきれない時もありますが、必ず持ち帰り後程いただくようにしています。



ですから、「手をつけていないなら、残してくればいいのに。」や、「そんなに食べたいか!?」と言う方にはしっかり説明させていただいていますし、お寺に来ていただいてお菓子を食べずに帰ろうとするお客様には必ず

「お菓子をお持ちになってください。」

と声を掛けさせていただいています。

保育園児の坐禅体験で食事五観文を唱える理由

 今日は毎月恒例の境内にある保育園の園児たちが坐禅(座禅)体験にやってきました。


坐禅体験 120911


 保育園児の坐禅体験では

・坐禅(10分×2回)
・お参り(1人ずつ焼香)
・茶礼(行事良くお茶とお菓子をいただきます。)
・和尚の話

このような流れが恒例になっています。さらに、年長組は茶礼の前に全員で食事五観文(しょくじごかんもん)をお唱えします。



 食事五観文とは、

一つには、功の多少を計り彼の来処を量るる
二つには、己が徳行の全けつを忖って供に応ず
三つには、心を防ぎ、過貧等を離るるを宗とす
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり
五つには、道業を成ぜんが為に、この食を受くべし


  一つ、すべてのものに感謝してこの食事をいただきます。
  二つ、自分の日々の行いを反省してこの食事をいただきます。
  三つ、欲張ったり残したりしないでこの食事をいただきます。
  四つ、身体と心の健康のためにこの食事をいただきます。
  五つ、みんなが幸せになるためにこの食事をいただきます。
     合掌、いただきます。(山陰西教区学徒研修会資料より)

といった禅の食事作法をまとめた5つの教えです。



 この食事五観文を唱えた後、合掌をし「いただきます!」と大きな声であいさつをしてお茶を飲んだり、お菓子を食べたりします。


 

 私がこの食事五観文を坐禅体験に取り入れたのは、以前中学校の教員をしていた頃の衝撃的な経験があるからです。

 私は公立中学校の教員に採用された年にある研修を受けました。新規採用された教員は1年目にたくさんの研修を受けますが、その中の一つの研修で信じられない課題を与えられたことがあります。



その課題とは

「給食を食べる前に、手を合わせずに挨拶をする方法を考えなさい。」

と言うものでした。つまり、昔から当たり前のように学校で行われてきた当番が前に出て

「手を合わせてください、いただきます!」

という挨拶を公立の学校ではさせてはいけないというのです。理由は宗教活動だからだそうです・・・



 あまりに衝撃的な課題でしたし、信じられなかったので考えるふりをしてその場をやり過ごしました。

 


 ありがたいことにその後この研修が役に立つことはありませんでした。なぜなら、私が担任したどのクラスの生徒も食事の前に手を合わせることが自然にできていたからです。

 当番の生徒は当然のように

「手を合わせてください・・・」

と挨拶を始めていました。小さい頃から家庭などで自然に身につけてきたのでしょうから、私はこの素晴らしい習慣を止める気はまったくありませんでした。



 しかし、一部の大人は「公教育の場では食事の前に手を合わせてはいけない!」と本気で考えていいるようなのです。





 このような経験があったので、私はお寺という「教育現場」では正しいと思えることを素直に子供達に伝えていきたいと考え、坐禅体験に来てくれる園児と一緒に食事五観文をお唱えしています。


 今後も、今の私にできる範囲で「当たり前」のことを「当たり前」に行える環境を作る活動をしていきたいと思います。

食事五観文(しょくじごかんもん)1

 東光寺(静岡市清水区横砂)の境内には保育園があります。今日は、その保育園の園児と一緒に保育園(お寺)の畑へジャガイモの収穫へ行ってきました。

 じゃがいもの収穫 0611


 0歳の園児から年長組まで、ほぼ全員が参加しての大収穫です。園児たちは先生達に手伝ってもらいながら、一生懸命じゃがいもの収穫に挑戦していました。


 収穫したじゃがいもは、早速3時のおやつに頂きました。予想よりも多くの収穫がありましたので、今後の給食や、6月中に行われる園児たちによる調理体験(カレー作り)にも使用されます。

 保育園では畑での収穫体験を多く行っており、今年も

   ・じゃがいも
   ・たまねぎ
   ・ピーマン
   ・落花生
   ・さつま芋
   ・里芋
   ・ラディッシュ
   ・大根
   ・トマト
   ・梅
   ・柿


を収穫したり収穫する予定です。



 禅宗では食事の前に唱えられる食事五観文(しょくじごかんもん)というものがあり、その一番最初の言葉が

 功の多少を計り、彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る

です。現代的な言葉で表すと

 この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。

と表すことができます。

 

 今日、じゃがいもの収穫で疲れた園児たちもきっと、食事の材料を手に入れる苦労を知り「功の多少を計り、彼の来処を量る」を、体で覚えてくれたと信じています。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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