やぱり、坐禅ってすごい!

 お彼岸と関係の深い六波羅蜜(ろくはらみつ)特集をしています!今回は六波羅蜜の1つ


「禅定(ぜんじょう)とは」

 禅定とは坐禅(座禅)をして心を落ち着けることを言います。仏教では人の心を水面に例えることがよくあります。


心が落ち着いている=水面が落ち着いている

心が落ち着かない=水面が乱れている




 水面が落ち着いていれば、周囲の姿をありのままに写すことができますが、乱れれば、映し出すことはできません。心が乱れれば物事を正しく理解することができないことを水面を使って表現しています。


禅定



 そして、

心を落ち着けるために必要なのは「坐禅」なのです。


 私は僧侶になるために修行に行ったときに、坐禅の指導を受けることができました。坐禅の指導と聞くと、

・足の組み方
・姿勢
・警策(けいさく)の受け方
 ↑叩かれ方


をイメージする人が多いと思います。私が坐禅の指導を受けたとき徹底的に言われたことは

・呼吸の仕方

でした。



「とにかく出せ、全部出せ、体の中の空気を全て出せば新鮮な空気が勝手に入ってくる。」



と言われ、息の吐き方を何度も厳しく指導されました。



「もう何も出ない!と思ってからさらに出せ!!!」


 と言われた時は、戸惑いと驚きを覚えましたが実際にやってみると違う意味での「驚き」を体験することができました。


 たった1回でも真剣に、そして全力で呼吸をすると体はポカポカと温まり、驚くほど頭の中がすっきりします。


 これは、普段の生活でも非常に役に立っています。イライラした時にゆっくりと呼吸をすれば心が落ち着きますし、集中して仕事をしようと思った時も仕事の前に一呼吸するだけで効率よく仕事をすることができます。そんな、経験をするたびに

坐禅ってすごいな!

と感じています。


 一呼吸なら時間も場所も選ばずに行えると思います。普段の生活ではついつい忘れてしまうと思いますが、仏壇の前に座った時などお参りの際には思い出していただき、ゆっくりと呼吸をして気持ちを落ち着けてお参りしていただければと思います。

先輩、坊さんになったのに肉を食べるんですか?

 お彼岸と関係の深い六波羅蜜(ろくはらみつ)特集をしています!今回は六波羅蜜の1つ


「精進(しょうじん)とは」

精進料理

 「精進」と言う言葉を聞くと、大学時代の部活の仲間の結婚披露宴に参加したときに、一緒に参加した後輩との会話を思い出します。

 私が披露宴で出される料理をおいしくいただいているときに、一緒のテーブルで食事をしている獣医をしている後輩が声をかけてきました。

「先輩、お坊さんになったんですよね!?次、肉料理ですね、僕がいただきますから安心してください。」

 楽しみにしているメインディッシュを取られては困るので断ると、

「え、先輩、坊さんになったのに肉を食べるんですか?お坊さんは精進料理しか食べちゃだめですよ!精進、精進!!」

と、私のメインディッシュを奪おうとするのです。これが世間が僧侶に対して持っているイメージなんだろうなと納得し、

「お坊さんとして大事なことは、出された食事は残さずに食べることなんだ」

と答えたことを覚えています。




しかし、今考えれば、こんなときこそ「精進(しょうじん)」の話をするチャンスだったのです!



 「精進」とは

一生懸命に、しかもなまけずに、精をだして励むこと


をいいます。


本来は、出家して ひたすら宗教的生活を一途に生きることを精進と言っていましたが、一般の方が精進と言う言葉を使うようになってくると、出家をした人々が一生懸命修行するときに無益な殺生をせず過ごすことから、「肉類を食べない」と言う意味へと変化していきました。

 ですから、本来の意味を考えれば、お彼岸の期間に六波羅蜜の1つである「精進」を意識して生活しようとしたとき、


精進


「精進料理を食べよう!」と考えるのではなく、様々なことに全力で取り組み一生懸命に生活しようとすることが大事ですね。

中学生の口癖「なんで俺だけ!」

お彼岸と関係の深い六波羅蜜(ろくはらみつ)特集をしています!今回は六波羅蜜の1つ

「忍辱(にんにく)とは」


 苦しみを乗り越える力を養うことを「忍辱」と言います。

どのように、養うのでしょう。妙心寺で販売している「花園Q&A」という冊子には

この世は、四苦八苦の世界であり、その中で生活している事実を認めることを「忍辱」という。

と書いてあります。




ちなみに四苦八苦の四苦(しく)は、

いかなる人も避けられない生・老・病・死のことであり、


四苦八苦 四苦


八苦(はっく)は、四苦に


愛別離苦(あいべつりく:愛するものとの別れ)
怨憎会苦(おんぞうえく:嫌いな人に出会う)
求不得苦(ぐふとくく: 求める物が得られない)
五蘊盛苦(ごうんじょうく:あらゆる精神的な苦しみ)

を加えたものです。


四苦八苦 八苦







四苦八苦があることを認めること、つまり「忍辱」は、思いのほか難しいことです。




お釈迦様が生きていた頃のお話に、このような逸話があります。



死んでしまった我が子を抱えて悲しむ母親がお釈迦様に聞きました。

「この子を生き返らせるにはどうしたらいいのでしょうか?」

お釈迦様は答えました。

「今までひとりも死人の出たことのない家を探しなさい。そしてその家のかまどのすすを与えれば生き返るでしょう。」

母親は国中を必死になって死人の出たことのない家を探しました。しかし、そんな家は1軒も見つかりませんでした。死人が出ていない家を探すうち、母親は死からは誰も逃れることはできないという事実を認め、我が子の死を受け入れたと言います。



この話を聞くたび、話すたびに中学校の教員をしていた頃の中学生の口癖を思い出します。
それは、授業中に無駄話をしている生徒を注意すると

「なんで俺だけ(注意するの)!?他にもしゃべってるヤツいるじゃん!!」

と言う生徒が少なからずいました。それに対して

「ほー、誰がいるんだ。具体的言ってごらん。」

と返すと、だいたい黙ってうつむいてしまいます。認めなくてはいけないことなのに、つい抵抗してしまっているのでしょう。しかし、

 自分にとって認めることが辛かったとしても、認めることで大きく成長することができる場合もあります。この中学生の場合は黙って授業に集中することによって知識と言う財産を手に入れることができるのです。

 同様に、誰も四苦八苦からは逃げることができないことを認めることで、自分だけが苦しいのではなく、誰にでも苦しみがあることを実感し、人生において困難にぶつかったときに、その困難を乗り越える力を養うことができるのです。




忍辱(忍耐)
  みんなで辛抱しあいましょう。





人として守るべき約束

 お彼岸と関係の深い六波羅蜜(ろくはらみつ)特集をしています!今回は六波羅蜜の1つ

「持戒とは」


持戒とは「戒」を守ることです。「戒」とは

「 人として生きていくうえで守らなければならない約束」

のことです。


五戒



以前、僧侶になりたての頃にタクシーに乗り、こんな会話を運転手さんとしたことが忘れられません。


その日は檀家様が亡くなり、その通夜へ向かっていました。亡くなった方が地元を離れ遠方で生活をされていたため、電車とタクシーでの移動が必要な葬儀会館での通夜となりました。当然、僧侶として衣を着て移動していますしタクシーの運転手さんに


「○○会館までお願いします。」


とお願いをしましたので運転手さんは私が僧侶だとわかり話しかけてくれました。


「和尚さん、これからお通夜ですか?私はお通夜とかお葬式に出ることがあっても、何をしているのか分からないから眠くなっちゃうんだよ。これっていけない事かな!?」


運転手さんに声をかけられ、私は


「そうですよね、何をやっているか分からないと眠くなっちゃいますよね。」


と返しました。会館までは少し時間がかかるようで、運転手さんにさらに


「お葬式って何をやってるの?」


と聞かれ、私は


「葬儀の重要な部分は授戒会(じゅかいえ)です。授戒とは仏さまの弟子になるための儀式で、様々な約束事を守ることを誓う儀式なんです。もちろん生きている間に受けるのが理想的なんですけどね。」


と答えました。すると運転手さんは興味を持ってくれたようで


「どんな約束があるの?」


と聞いてくれました。私は


「仏教には、殺さない・盗まない・人としての道をはずれない・嘘を言わない・酒に飲まれないという五戒(ごかい)がありまして、これを守ることを誓いますよ。とっても大切なことなので生きている間に授戒を受けて戒を守ることを誓う方もいらっしゃいますよ。」


とお話しをさせていただきました。すると運転手さんから


「うーん、俺は死んでからでいいや、生きているうちに誓ったらウソになっちゃうもんね。俺は殺しとかはしないだろうけど、酒にのまれることもあるし、ついつい嘘も言っちゃうんだよ。死んじゃえば悪いことしないから誓えるよ。やっぱり俺は死んだ後に授戒ってやつを受けてみるよ!」


と言われてしまいました。しかも、ちょうど通夜の会場である会館に到着してしまいこれ以上会話をすることができませんでした。


なぜ、この会話が忘れられないのか。それは、私の説明不足によって運転手さんに五戒を守ることが難しいことだと思わせてしまったことです。あと一言だけ付け加えれば、もっと柔らかく五戒を伝えることができたはずでした。そんな魔法の言葉が


「できるだけ」


という言葉です。



 五戒とは


 一、不殺生戒(ふせっしょうかい)
 二、不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
 三、不邪婬戒(ふじゃいんかい)
 四、不妄語戒(ふもうごかい)
 五、不飲酒戒(ふおんじゅかい)



という5つの戒のことですが、これを「できるだけ」とい魔法の言葉を使って現代的な言葉にしると


できるだけ 生き物を殺しません
できるだけ 盗みません
できるだけ 邪(よこしま)な行いをしません
できるだけ うそをつきません
できるだけ 酒に呑まれません

※「邪:よこしま」とは、「正しくないこと。道にはずれていること。」を言います。


と書くことができます。なんだか、表現が柔らかくなりますよね。


この五戒は仏教徒として最低限の決まりで、仏前結婚式や葬儀でも誓う大切なものなのです。私自身も分かってはいるのですが、なかなか普段の生活では意識することができていません。せっかくなので、お彼岸の期間に思い出し、できるだけ忘れずに生活していきたいと思います。

 仏前結婚式や葬儀での五戒についてはこちらをごらんください。

誰にでもできる布施(ふせ)

お彼岸と関係の深い六波羅蜜(ろくはらみつ)特集しています!今回は六波羅蜜の1つ


「布施」



 「布施」と聞くと「お布施」をイメージし「お布施=お金」と考えてしまう人は少なくありません。しかし、「お布施=お金」は正しくありません。インターネットで「お布施」と検索したときに上位に「お布施とはお寺に支払う謝礼をさします。」と表示されてしまいます。これは大きな誤解です!!完全な間違いです!!

お布施の間違い


お布施とは

自分の持っている財物その他を施し与えることです。


「施し」とは「恵み与えること」で

 「恵み」は「いつくしみ(親が子供を大切にし、かわいがるような、深い愛情)」を意味しますので、お布施とは


深い愛情を持って、与えることなのです。


 つまり、見返りを求めない、施しをさせていただく事をいいます。



布施行は物質だけでなく、
 
 ・財物その他を施し与えることや衣食などの物資を与えることを「財施:ざいせ」、

 ・教えを説き与えることを「法施:ほうせ」、

 ・怖れをとり除いてやることを「無畏施:むいせ」と言い、



この3つを合わせて「三施」と言ったりもします。




また、「無財施:むざいせ」といってお金や物が無くてもできる布施もあります。


 ・暖かい、優しいまなざしで人に接する「眼施:げんせ」

 ・礼儀正しい振る舞いや、身をもって奉仕を行う「身施:しんせ」




などが無財施の1つです。




 六波羅蜜の1つ「布施」はお寺にお金を持って行きなさいという教えでは決してありません。


「お互いが、できることをしながら助け合い、みんなで力になりましょう。」という教えなのです。


朝起きたときに、家族にニコッと笑顔で「おはよう!」と元気にあいさつすることも立派な布施行ですね!!



3歳の布施
↑↑↑自分がもらったおせんべいを割って、半分を妹に与える3歳の女の子の布施行
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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