謝る相手に感じたこと・・・
私は中学の頃から「卓球」というスポーツをしていました。
中学・高校・大学と卓球を続け、教員になった後も中学校の卓球部の指導をしながら社会人のチームにも所属し楽しんでいました。

長く卓球を続けたため、様々な試合にも参加してきました。
いくつもの忘れられない試合がありますが、今でも最後のシーンを思い出す試合があります。
それは高校最後の試合です。
卓球と呼ばれる競技には
・シングル
・ダブルス
・団体戦
という種目があります。
高校時代の私は、この全て種類の試合に出させてもらいましたが、シングルは途中で負け、団体もあと一歩で次の大会に進めるところまでいきながら負けてしまいました。
残すところはダブルスだけでした。
負ければ「引退」です。
しかし、私にとってはこのダブルスが実力と組み合わせを考えたとき、次の大会に進める可能性の高い種目でした。
ダブルスのパートナーも同級生だったので二人とも負ければ「引退」という状況でした。
そして、ダブルスが始まりました。 なんとか計画通り勝ち進み、この試合に勝てば次の大会に進めるところまでやってきました。
相手も3年生だったので負ければ「引退」です。
実力も拮抗しており、試合はもつれにもつれました。
そして、最終セットも先に2点差をつけるまで決着がつかないデュースにまでもつれました・・・
この状況で1点を奪われ、相手のマッチポイントになりました。
パートナーと相談し
「ここは慎重にいこう、しっかり守ろう」
と決め、構えました。
相手がサーブを打ちました。
卓球のダブルスは打つ順番が決まっています。
この時サーブを返すのはパートナーでした。
このとき私の視界に信じられない光景が飛び込んできました。
「慎重にいこう」 と言っていたパートナーが振りかぶっています・・・
彼は打ったのです・・・
しかも強打をしたのです・・・
チャンスボールではありません・・・
練習はしていましたが、打って確実に入るほど簡単なボールではありません・・・
私が「あ!」 と声にならない声を出す頃パートナーのラケットがボールを打っていました・・・
今でもボールの軌道をはっきり覚えています。
ボールは台を超えていきました・・・・
私達は負けたのです・・・
ショックでした・・・
工夫次第で、いかようにも勝てるチャンスがあった試合だっただけにショックでした・・・
負けてしまったことへの悲しみ、「慎重にいこう」と決めていたはずなのに無謀にも強打をして失敗したパートナーに対して怒りの心、高校での卓球が終わりを告げた寂しさ。
さまざま感情が爆発していました・・・
普段ならパートナーとは試合終了後に次の試合や練習に向けて様々な話をするのですが、この時は、なかなか話をすることができませんでした。
話そうと考えても、「なんで最後の最後に あんなボールを打つんだ・・・」 とパートナーのミスばかりが思い出せれてしまったのです。
しかし、試合が終わって少し時間が経ったころに パートナーが
「ごめんな・・・」
と一言 声をかけてくれたのです。
この言葉を聞いたとき、自分勝手にパートナーのせいで負けたと思っている自分に気がつき驚きました・・・
最後の1点だけで試合の結果が決まったのではない、この試合中にも私は多くの失敗をしている。
パートナーがいなければ、この試合にすら出ることはできなかった・・・・
反省しなくてはいけないのは私自身だったのです・・・・
数多くある お経の中に 四弘誓願文【しぐせいがんもん】 という短いお経があります。
仏教徒として常に心に留めておく必要がある4つの誓いの言葉であり、読経の最後に心を込めて合掌しお唱えするお経です。
このお経の中に
煩悩無尽誓願断 【 ぼんのうむじんせいがんだん 】
という言葉があります。
悪い心は尽きることなく出てくるかもしれないが、この心を断つと誓う
という意味があります。
普段の生活から意識をしていく必要のある大切な教えです。
ダブルスのパートナーに かけてもらった一言で高校時代の私は自分の「悪しき心」に気が付くことができました。しかし、
誰かに声をかけられなくても 自分の悪しき心を知り、そして断つ必要がある!
と、四弘誓願文【しぐせいがんもん】 という短いお経をお唱えしながら思い出すことがあります・・・
中学・高校・大学と卓球を続け、教員になった後も中学校の卓球部の指導をしながら社会人のチームにも所属し楽しんでいました。

長く卓球を続けたため、様々な試合にも参加してきました。
いくつもの忘れられない試合がありますが、今でも最後のシーンを思い出す試合があります。
それは高校最後の試合です。
卓球と呼ばれる競技には
・シングル
・ダブルス
・団体戦
という種目があります。
高校時代の私は、この全て種類の試合に出させてもらいましたが、シングルは途中で負け、団体もあと一歩で次の大会に進めるところまでいきながら負けてしまいました。
残すところはダブルスだけでした。
負ければ「引退」です。
しかし、私にとってはこのダブルスが実力と組み合わせを考えたとき、次の大会に進める可能性の高い種目でした。
ダブルスのパートナーも同級生だったので二人とも負ければ「引退」という状況でした。
そして、ダブルスが始まりました。 なんとか計画通り勝ち進み、この試合に勝てば次の大会に進めるところまでやってきました。
相手も3年生だったので負ければ「引退」です。
実力も拮抗しており、試合はもつれにもつれました。
そして、最終セットも先に2点差をつけるまで決着がつかないデュースにまでもつれました・・・
この状況で1点を奪われ、相手のマッチポイントになりました。
パートナーと相談し
「ここは慎重にいこう、しっかり守ろう」
と決め、構えました。
相手がサーブを打ちました。
卓球のダブルスは打つ順番が決まっています。
この時サーブを返すのはパートナーでした。
このとき私の視界に信じられない光景が飛び込んできました。
「慎重にいこう」 と言っていたパートナーが振りかぶっています・・・
彼は打ったのです・・・
しかも強打をしたのです・・・
チャンスボールではありません・・・
練習はしていましたが、打って確実に入るほど簡単なボールではありません・・・
私が「あ!」 と声にならない声を出す頃パートナーのラケットがボールを打っていました・・・
今でもボールの軌道をはっきり覚えています。
ボールは台を超えていきました・・・・
私達は負けたのです・・・
ショックでした・・・
工夫次第で、いかようにも勝てるチャンスがあった試合だっただけにショックでした・・・
負けてしまったことへの悲しみ、「慎重にいこう」と決めていたはずなのに無謀にも強打をして失敗したパートナーに対して怒りの心、高校での卓球が終わりを告げた寂しさ。
さまざま感情が爆発していました・・・
普段ならパートナーとは試合終了後に次の試合や練習に向けて様々な話をするのですが、この時は、なかなか話をすることができませんでした。
話そうと考えても、「なんで最後の最後に あんなボールを打つんだ・・・」 とパートナーのミスばかりが思い出せれてしまったのです。
しかし、試合が終わって少し時間が経ったころに パートナーが
「ごめんな・・・」
と一言 声をかけてくれたのです。
この言葉を聞いたとき、自分勝手にパートナーのせいで負けたと思っている自分に気がつき驚きました・・・
最後の1点だけで試合の結果が決まったのではない、この試合中にも私は多くの失敗をしている。
パートナーがいなければ、この試合にすら出ることはできなかった・・・・
反省しなくてはいけないのは私自身だったのです・・・・
数多くある お経の中に 四弘誓願文【しぐせいがんもん】 という短いお経があります。
仏教徒として常に心に留めておく必要がある4つの誓いの言葉であり、読経の最後に心を込めて合掌しお唱えするお経です。
このお経の中に
煩悩無尽誓願断 【 ぼんのうむじんせいがんだん 】
という言葉があります。
悪い心は尽きることなく出てくるかもしれないが、この心を断つと誓う
という意味があります。
普段の生活から意識をしていく必要のある大切な教えです。
ダブルスのパートナーに かけてもらった一言で高校時代の私は自分の「悪しき心」に気が付くことができました。しかし、
誰かに声をかけられなくても 自分の悪しき心を知り、そして断つ必要がある!
と、四弘誓願文【しぐせいがんもん】 という短いお経をお唱えしながら思い出すことがあります・・・
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