産まれて初めて流れ星を見た時のことを思い出しました・・・

雲晴れて


雲晴れて 後の光と 思うなよ もとより空に 有り明けの月





という道歌があります




 
私はこの道歌を聞いたときに、自分自身が初めて流れ星をみたときのことを思い出しました。








 私が初めて流れ星を見たと記憶しているのは大学生の頃です。






ある日後輩の女の子が






「昨日流れ星を見たんです!」






と嬉しそうに報告をしてくれたことがありました。








 20歳くらいだった私は、そのとき初めて自分が実際に流れ星を見たことがないことに気が付きました。






 そこで後輩に、流れ星を見たことがないことや、どこで流れ星を見たかなどいろいろと質問をしました。






 すると、後輩から






 「先輩は普段、空を見上げることはありますか。下ばっかり見て歩いていませんか。」







と質問を返されました。







そして、私はその言葉に、普段から空を見上げることがない自分に気が付かされたのです。








 そこで、さっそく私も流れ星を実際に見てみたいと思い意識的に空を見上げてみました






 すると偶然が重なった結果(!?)幸運にも意識して空を見上げた その日のうちに流れ星を見ることができたのです!!







 場所は普段から通学路として使用している畑の中の道です。






 それまでは何も考えずに通過していた場所ですが、考えてみれば周囲は畑ですので街灯は少なく星を見るためには恵まれた環境の場所でした。








 私は初めて見た流れ星がとても幻想的で美しかったことをよく覚えています。






 そして流れ星が美しかったことよりも、毎日通っていた場所で、空を見上げただけで流れ星を見ることができたという事実に感動を覚えました。








 もちろん、この星空が突然この日に出現したわけはありません。






 星空があるという、その事実に私は気が付いていなかっただけのことなのです。







先程紹介をさせていただいた





雲晴れて 後の光と 思うなよ もとより空に 有り明けの月





という道歌は





雲が晴れたから光が発せられたと思ってはならない。 雲に隠れている間も、有明の月は変わらぬ光を発し続けていたのである。






と解釈することができます。





さらに、仏教では雲は「煩悩」を表し、光は仏様の心である仏性や悟りを表しますので、この道歌は





 煩悩を取り除いたから 仏性という光が光り出すのではなく、私たちの心には仏性という満月のような光が常に宿っている






と読み取ることができる言葉であり、




「気が付いていないだけで、仏様の心はここにある。」




と教えてくれています。 この道歌を知ったとき、畑の中で自分の頭上に輝く星空を初めて感じたときの感動を思い出しました。

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No title

「雲晴れて・・・」
は私も引用させていただく短歌です。

この歌の作者は、仏国国師のはずです。

坊さんになる前からこの歌に注目していたなんて、新米和尚のセンスを感じます、

コメントありがとうございます!!

「仏国国師」・・・不勉強でした、ありがとうございます。勉強させていただきます。



 雲晴れて・・・ のような「漢字」と「ひらがな」が混じった言葉でないと勉強不足な私には理解できないので漢字ばかりの言葉は苦手です。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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