宗教の壁3

宗教の壁400

以前、お寺の行事を多くの人にお知らせしようとしたときに 公共の場所には目には見えない


「 宗教の壁 」


を感じたお話をブログで紹介させていただきました。



宗教とは400


 その後のブログでは 宗教の壁2 として


 宗教とは、「人間の根本の生き方」という意味があることを紹介しました。






 今回はその続きです。


臨済宗でよく読むお経

 
「白隠禅師 坐禅和讃」というお経があります。




 私達は生まれながらに仏さまの心を頂いていることを、改めて思い起こすお経です。この白隠禅師坐禅和讃というお経は





「衆生本来仏なり」
(しゅじょうほんらいほとけなり)




という言葉から始まり、




全ての人に仏様の心があると説いています。






また、「仏様の心が自分自身の中にあることに気が付かず遠くに求めている姿は水の中で喉が渇いたと叫んでいるようだ」




とも説いています。

 



 白隠禅師坐禅和讃のこの部分を見ると、本当は「人間としての根本の生き方」つまり「宗教」を持って普段から生活をしているのに、「宗教」という言葉の本来の意味を見失ってしまい「私は無宗教です」と言ってしまう方を表しているような気がしてなりません。






 坐禅和讃は



「当処即ち蓮華国 此の身即ち仏なり」(とうしょすなわちれんげこく このみすなわちほとけなり)




という言葉で終わります。



「今、生きてるこの場所が浄土であり、このことに気が付ける自分自身が「仏」なのです。」




と締めくくります。





 私は坐禅和讃と言うお経が「私は無宗教です」と言っている方に本当は「人間としての根本の生き方」つまり「宗教」をもっていることに気が付き、「今」を大切に生きてほしいと語りかけているような気がしてなりません。





 お寺では「宗教」つまり「仏教」の教えに親しんでいただいたり、仏様の教えを実践する場として坐禅会など様々な行事を行なっています。機会がありましたらぜひお時間を作っていただき参加していただければうれしいです。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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