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ノーサイド と 中道

2019年に日本で行われたラグビーワールドカップで「ノーサイド」という言葉をよく聞きました。


600こまめ 信号待ちをするこまめ 横断歩道 カラー




当時は言葉の意味を調べることもなく、深くも考えずに聞き流していました。



最近になってウィキペディアの「ノーサイド」の記事を読んで驚きました。



ノーサイド(英語: no side)は、ラグビーにおいて、試合終了のことを指す古い英語表現で、日本においては現在でも使用されている(現在の英語圏では no side という表現は一般的ではなく、代わりに full time が用いられている)。


ワールドラグビーは「ラグビーではかつて審判が試合終了を宣言するために「no side」と叫んでいたが、ノーサイドという表現は日本で生き残り、試合終了のホイッスルが鳴れば全員がお互いの違いをわきに置くという意味になった」、またスポーツマーケティングに関わる海老塚修は「No sideの由来は『試合が終了したら、どちらのチーム(サイド)という区別なく、同じ仲間である』という精神に基づいていると聞いたことがある」と述べた。

【ウィキペディアより】






「日本においては現在でも使用されている」


なんと、英語の表現なのに英語圏では使われなくなったものが日本では使われているのです。


なんとも不思議な話だと感じながらも、


「No side」は直訳すれば「サイドではない」となり、「サイド」を「端」と考えれば、「端でない」となります。


「端でない」と聞けば、トンチの一休さんの有名な話「このはしを渡るべからず」を思い出す方も多いのではないでしょうか。


私はこの「このはしを渡るべからず」という話はお釈迦様が説かれた「偏見を離れた中正の道」を実践する中道【ちゅうどう】の教えを表した話だと思っています。


そして、このような中道の考え方が定着しているからこそ、


一休さんの話や「ノーサイド」という言葉も残ったのではないかと勝手に想像して楽しんでいます。
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非公開コメント

いつもありがとうございます。

日本には、横山様のおっしゃられるように
『同じ仲間である』という精神や中道の考え方が古来より息づいていると思います。
日本に生まれた事は、とても有難い事なのかもしれません。

でも、中道を把握する事も、実践する事も私には難しいです。

毎日開催して下さる座禅を通して、中道の心を呼び覚ますことができたらいいなぁ、と思います。

有り難うございました(^。^)

コメントありがとうございます。

私自身も、まだまだ中道について頭で理解をしているだけです。

まだまだ実践が伴っていませんので、これからも坐禅などを続けてまいります。

ぜひ、一緒に坐禅をしてまいりましょう!!
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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