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オンライン坐禅会での法話 一般向け 仏教聖典 心を清める4 耐え忍ぶ

5002【六波羅蜜】忍辱



臨済宗青年僧の会ではオンライン坐禅会を実施しています。私も時々ですが坐禅を担当させていただいています。
※オンライン坐禅会のホームページはこちらです。


その際に話した内容を備忘録として記しておこうと考えています。


オンライン坐禅会には一般の方向けの会と子供向けの会があります。


今回は一般向けの坐禅会で話したものを紹介させていただきます。


【一般向け:仏教聖典 心を清める4 耐え忍ぶ】



お釈迦様の教えをまとめた仏教聖典に「心を清める」という項目があります。


そこには「煩悩から離れる五つの方法」が紹介されています。


今回はその4つ目に書かれている「」という部分に注目をしていきたいと思います。
※1つ目に書かれている「正しく見る」についてはこちらの記事をご覧ください。
※2つ目に書かれている「正しく見る」についてはこちらの記事をご覧ください。
※3つ目に書かれている「物を用いるに当たって、 考えを正しくする。」についてはこちらの記事をご覧ください。



4つ目は「耐え忍ぶ」ことの大切さを説いています。



 暑さ ・ 寒さ ・ 飢え ・渇きを耐え忍び、 ののしりや謗りを受けても耐え忍ぶことによって、 自分の身を焼き滅ぼす煩悩の火は燃え立たなくなる。





とあるのです。また、次のようなお釈迦様の逸話を紹介することで耐え忍ぶことの大切さを教えてくれています。




釈尊がコーサンビーの町で托鉢をしたときの逸話

釈尊がコーサンビーの町に滞在していたとき、釈尊に怨うらみを抱いだく者が町の悪者を買収し、釈尊の悪口を言わせた。釈尊の弟子たちは、町に入って托鉢しても一物も得られず、ただそしりの声を聞くだけであった。 そのときアーナンダは釈尊にこう言った。


「世尊よ、このような町に滞在することはありません。他にもっとよい町があると思います。」


「アーナンダよ、次の町もこのようであったらどうするのか。」 


「世尊よ、また他の町へ移ります。」


「アーナンダよ、それではどこまで行ってもきりがない。わたしはそしりを受けたときには、 じっとそれに耐え、 そしりの終わるのを待って、 他へ移るのがよいと思う。アーナンダよ、仏は、利益・害・中傷・ほまれ・たたえ・そしり・苦しみ・楽しみという、この世の八つのことによって動かされることがない。こういったことは、間もなく過ぎ去るであろう。」




と話されたのです。お釈迦様が耐え忍ばれたお話です。しかし、実際に私達が「耐え忍ぶ」ことは実践しようと考えたとき、どのようにしたら良いのか分かりません。


具体的に耐え忍ぶとはどういうことなのでしょうか。


私も整備を手伝わせていただいている自然豊かな山があります。




自然豊かな山の土はフカフカしています。落ち葉や石の下には虫もいます。

掃除中に大きめの石をどかすと様々な虫を見つけることができますが、私はムカデなどの虫は苦手です。


これらの虫は自然豊かな山には必要不可欠な存在で、彼等がいなければ落葉も枯れ木も動物の死骸も分解されることなく残り続けてしまい、自然豊かな山とはなりません。


虫が存在することを受け止め、山にとって彼等は大切な存在だと受け入れることも大切です。


しかし、だからと言って虫と戯れる必要などありません。受け流すことも大切なのです。


石をどけたら虫がいたときには

1.虫がいた
2.この虫がいるから豊かな山がある ありがたい
3.石を元に戻す

を実践すればよいのです。




私は、耐え忍ぶためには「受け止める・受け入れる・受け流す」という活用が大切な気もします。





坐禅の呼吸は数息観【すそくかん・すうそくかん】と呼ばれるものです。


これは坐禅の最中に自分の呼吸を数えるものです。

吐く息を心の中で、ヒトーツ、フターツ・・・と数え、トーオまで数えたらヒトーツに戻ります。

初めのうちは他のことを考えてしまいます。

何か他のことを考えてしまった場合には、またヒトーツと数え直します。

なかなか十(トーオ)まで集中して数えることができませんが、どこまで数えられるか挑戦してみることが大切です。


坐禅中に他のことを考えることは間違いではありません。

頭の中に出てきた事柄を発展させず、再び呼吸に集中することが大切です。




他のことを考える自分を受け止め、

それは悪いことではないと受け入れ、

「ヒトーツ」と呼吸を再開することで受け流すことができます。




この呼吸法を普段から実践することこそが耐え忍ぶことにつながり、「受け止める・受け入れる・受け流す」ことの実践となるのではないでしょうか。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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