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オンライン坐禅会での法話【自分の考えか、他人のアドバイス、どっちが大切?】

640【般若心経】14手をみるこまめ



この記事はオンライン坐禅会で話した内容を自分の備忘録として記したもので前回の記事の続きです。
※前回の記事(生活信条を因数分解してみた)はこちらです。






臨済宗妙心寺派には生活信条という普段の生活で心にとめておく教えがあります。


その中に


人間の尊さにめざめ 自分の生活も他人の生活も大切にしましょう


という教えがあるのです。


これは、自分と他人の両方を大切にしようと捉えることができる文章ですが、


(自分+他人)の生活も大切にしましょう


と考えれば、(自分+他人)つまり、仏の心を大切にしましょうと考えることができるのです。
※詳しくは前回の記事をご覧ください。



以前「自分の意見と、他人の意見、どっちが大切なのでしょう」と悩む方がいらっしゃいました。


自分の意見も大切だから捨てられない。他人の意見も大切だから捨てられない。そのように悩むことは多くあります。


私は生活信条を因数分解した(自分+他人)の生活も大切にしましょうという言葉を借りれば、


自分の意見も他人の意見も大切にする


が1つの答えになると思います。これを


(自分+他人)の意見を大切にする


と変換すれば(自分+他人)を大切にすればよいことに気がつきます。


もちろん(自分+他人)は自分でもなく他人でもない、「自分だけが正しい」、「自分の意見なんかどうせダメだ」といったこだわりを捨てた心になったときに感じた意見です。




例えば、右手でペンを持って書き物をしているときに漢字が書けなくて左手でスマートフォンを使って調べたとします。


右手は「左手は調べるだけでずるいな。最後は俺がペンで書かなきゃいけないのだから俺の方が偉い!左手は偉そうにするなよ」と考え、


左手は「右手は調べてもらったことを書いているだけだから、俺がいなければ何もできないのだから偉そうにするなよ」


と考えるかもしれません。こうなれば、お互いがお互いのことを憎しみあい、左右の手が仕事を放棄してしまいます。



では、どうしたら良いのでしょうか。それは相手になりきることです。とてつもなく難しいことですが、「なりきる」ことに挑戦してみると、これまでと違う景色が見えてきます。


これは「相手の立場になって考える」とは少し違います


相手になりきり 自分になりきる ということは 時には徹底的に自分を滅し、時には徹底的に相手を滅するのです。


少しでも自分(我)が残っていれば相手の立場になりきれません。


少しでも周囲の目から見られた自分のことを考えてしまえば 本当の自分は見えてきません。


「なりきる」ことは簡単なことではありませんが、そのための手立てはいくつもあります。


そのひとつが坐禅であり読経です。


坐禅をするときに、身体を調え、呼吸を調え、心が調えば自然と「我」にとらわれていたことに気がつくことができます。


読経も同じです。


坐禅や読経など日常の中にある大切な「行【ぎょう:おこない】」を繰り返すことで 私達は 人間の尊さに目覚めると言われています。



人間の尊さに目覚めたとき、私達は自然と自分だけでもなく他人だけでもない(自分+他人)、つまり「仏の心」を大切に生活していくことができます。


そうなったときに「自分の考えか、他人のアドバイスか」ということを悩むことなく大切な答えを出すことができるのではないでしょうか。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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