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昔話シリーズ その4 海の水はなぜからい

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われてみんなの坐禅会(子供坐禅会)で私が話した内容をまとめたものです。



600【昔話】4



昔話シリーズ【4】 海の水はなぜからい



この話は、花咲かじいさんや鶴の恩返しのように、ほとんどの人が知る話しではないかもしれません。
しかし、今を生きている私達に大切なことを教えてくれています。


話しは以下の通りです。





ある日おじいさんが「道に迷ったので、一晩泊めてくれ」と言ってやってきました。

男は「いいですとも。さあどうぞ」と、親切にもおじいさんを泊めました。


 次の日、おじいさんは男にお礼だと言って小さな石うすをくれました。

「この石うすは、右へ回せば欲しい物が出て、左へ回せば止まるんじゃ。止めるまで出続けるから、気をつけるんじゃぞ」

 おじいさんはそう言って、出て行きました。

 男はためしに、「米出ろ、米出ろ」と言いながら石うすを回してみました。

 すると石うすから、米がザクザクと出てきました。

 あわてて左へ回すと、米はピタリと止まります。

 男は喜んで米や魚をたくさん出して、まわりの家にも分けてあげました。



 それを見ていた、男の兄さんは夜になると弟の家に忍び込んで、石うすを盗みました。

 そして舟にのって、海へ逃げました。


「よしよし、ここまで来れば大丈夫だろう」


 兄さんは一生懸命に舟をこいだので、お腹がペコペコになりました。


 そこで、持ってきたおにぎりを取り出すと、


「そうだ、塩が欲しい!よーし、塩出ろ、塩出ろ」


と、石うすを回すと、石うすからは塩がザラザラとあふれ出して、たちまち舟いっぱいになりました。


欲張り兄さんは石うすの止め方は見ていなかったので知りません。


ついに舟は塩の重さに耐えられなくなり、そのまま海に沈んでしまいました。


石うすは、今でもグルグルと回って塩を出しています。


だから海の水がからいのです。







もちろん、男が困ったおじいさんを迷うことなく助けることの素晴らしさを教えてくれている話です。


男はさらに、石うすから出てきたものを近所の人に配っています


これは仏教が説く布施行【ふせぎょう】そのものです。


布施行とは、見返りを求めない心で誰かのために何かをすることです。


しかし、この話しは布施行の素晴らしさだけを教えてくれているわけではありません。


塩が出続けることで船が沈む姿から大切なことを教えてくれています。


この話の中に出てくる塩は“欲望”を表しているように私は感じています。


あれも欲しい、これも欲しい、もっと欲しい。


そんな気持ちが欲望の心であり、私達にもその心があります。



600昔話シリーズ4 豆知識シール



そして、欲望の心は何もしない、石うすから出続ける塩のように私達からあふれ出続けるのです。


塩が出続ければ船が沈むように、欲望が出続ければ私達も自分自身が出す欲望によって人生が沈んでいってしまいます。


なぜ、欲張りなお兄さんの船が沈んだのかと言えば みなさんご存知の通り石うすの止め方を知らなかったからです。



同様に私達も欲望の心の止め方を知らなくて大変なことになります。


しかし安心してください。


坐禅会に参加してくれているみなさんはすでに止め方を知っています。


それが坐禅や読経、手を合わせる合掌などです。

坐禅をすることで、姿勢と呼吸が調い自然と心が調ってきます。

これこそが紹介している昔話で言うならば、石うすを反対に回すことと同じです。



ぜひ、欲望の止め方を実体験する坐禅をこれからも続けていって欲しいと思います。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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