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チュンダの供養と許すこと


お腹が痛くなったとき、「何か悪いものを食べたかな?」と考えることがよくあります。


そしてその後、「あ、あの時に食べた○○が悪いんだ!」と勝手に自分の中で結論を出してしまうこともあります。


さらに悪いことは、腹痛の本当の原因などは分かっていないにも関わらず、食材や提供してくださった相手を恨んでしまうことです・・・






作家の山本周五郎さんの言葉に

「許すということは難しいが もし許すとなったら限度はない。

ここまでは許すがここから先は許せない、という事があれば

それは初めから許してはいないのだ」

という言葉があります。



この言葉を聞くと お釈迦様が亡くなった際の逸話“チュンダの供養”を思い出します。



500こまめ 涅槃シリーズ 涅槃図 



チュンダはお釈迦様がやってくることを知ると、お釈迦様に食事の供養をしたいと申し出ます。


お釈迦様はこの申し出を快く引き受け、チュンダの自宅で食事をいただきます。


ところが、食事を終えた後に腹痛をおこし、次の滞在場所でお釈迦様は亡くなってしまうのです。


誰もがチュンダの供養が原因でお釈迦様が亡くなったように感じてしまいます。





しかしお釈迦様は弟子のアーナンダに、チュンダの悪口を言うどころか、


「チュンダの行為は成道時の供養(スジャーターの乳粥)に匹敵するほどの功徳があり、チュンダを非難してはならない。」


と伝えるのです。


お釈迦様のこの姿こそが、徹底的に相手を許す姿なのだと感じます。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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