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みそ汁の上澄みだけで満足はできない

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私はみそ汁が好きです。


疲れているときなどは、一杯の温かい味噌汁があると幸せを感じます。


疲れていないときでも、一杯の温かい味噌汁が私に力を与えてくれます。






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みそ汁は放置しておくと具や味噌が沈殿していきます。


疲れているときには上澄み部分だけを飲んでもおいしく感じますが、やはり沈殿しているものを混ぜて飲まなければ味噌汁本来の美味しさを味わうことはできません。






「味噌汁」と「味噌汁の上澄みだけを取り出した液体」の関係は「宗教」と「宗教のようなモノ(偽物・私利私欲のために人々を騙そうとする人や集団)」の関係に似ています。




「宗教」という文字を分解すると「宗」の「教え」となります。


「宗:むね」は、「おおもと」や「根本」を指す言葉です。


「教え」は、教えであり、生き方と言えます。


つまり、宗教とは、人間の根本の生き方ということになります。






では、「宗教のようなモノ」とは何でしょう。


私利私欲のために人々を騙そうとしているため本質がなく、人間の根本の生き方を示せないものだと私は考えています。


しかし、やっかいなことに「宗教のようなモノ」は「宗教」を元に形成されることよくあります。


だからこそ、本物ように感じてしまうこともあるのです。





「上澄み液だけの味噌汁」を疲れているときに初めて飲めば幸せを感じるように


「宗教のようなモノ」も精神的に疲れているときに、「宗教」を知らずに出会ってしまえば騙されてしまいます。





以前「宗教のようなモノ」に騙された人々を救う活動をしている弁護士さんがなぜ偽物の宗教に騙されてしまうのかを話してくださいました。


騙された人に話しを聞くと、多くの方が幼い頃に神社やお寺に行ったことがない、もちろん自宅に仏壇もないのでお参りをしたことがなかったそうです。ですから、その弁護士さんは


「将来、子供やお孫さんがニセ宗教に騙されないようにするためには誰かが手を引っ張ってでも神社やお寺、お墓参りに連れていってください。」


と訴えていました。



味噌汁を飲んだことがある人に上澄み液だけを渡して「味噌汁です」と言っても「いやいや違うでしょ!」と言えるように、神社やお寺を体験しておくことも大切なことなのです。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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