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顔は分かる、でも名前が分からない・・・

600合掌160126



様々な場面でよくお会いし顔も知っている。

隣になれば話す。

・・・だけど名前はおろかどこの誰で何をしている人なのか良く分かっていない。

しかし、向こうは自分のことを知っているようなので核心部分をごまかしながら適当に相槌を打つ。





誰もが経験することではないでしょうか。

・・・私も時々あります。






禅の言葉に





「相い逢うて相識らず、共に語りて名を知らず」

【あいおうて あいしらず ともにかたりて なをしらず】






という言葉があります。

言葉だけの意味を捉えようとすれば

「普段から会っているのにお互いに認識はなく、共に語り合っているのに相手の名前を知らない。」

という意味になります。






あれ!? 顔は知っているけど誰か分からない人に、適当に相槌をうっている私のこと??

もちろん、そんなダメな人間の姿が禅の教えを示す禅語として伝えられるはずもちろんはありません。



表面上のことにとらわれず、こだわりや妄想をすべて捨て切って、私達の中にある“本当の自分”と向き合いなさいと説いているのです。


顔を知っているけど誰か分からないときに、話しの内容から、その人の名前や肩書、自分との接点などを探ってはいけないのです。


やらねばいけないことは“相手のことを思い出さないと自分の立場が悪くなる”という自分の利益を優先するのではなく、名前や肩書といった上っ面のこと忘れて相手の話しをただ聞きひとつになることだと私は思います。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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